病虫害や雑草による農作物の減収は大きい。そこで、昆虫の食害に強い組換え品種や除草剤に抵抗性のある組換え品種を利用すれば、農作物の収量は増加し、しかも農薬の使用量を減らすことができるから環境への負担も減少する。今後、遺伝子組換え技術により乾燥に強い作物や塩害に強い作物が作出できれば、砂漠や海辺でも農業ができるようになり、地球規模での食料不足を解決するのに役立つ。オレイン酸の多い大豆やトウモロコシ、βーカロチンを含む米、鉄分の多いレタスなどが研究されているから、できれば途上国の人々の栄養改善に役立つだろう。

 しかし、「遺伝子組換え農産物には遺伝子が入っている」、「遺伝子を食べるのは怖い」など、初歩的な化学知識がないために反対する人が多い。また、「遺伝子組換え作物は何千年も昔から食べているものでないから危険だ」と云う人もいるが、昔から食べてきた作物であっても必ずしも安全とは言い切れないものがある。遺伝子組換え作物が実用化されてすでに15年になり、欧米諸国やインド、中国などでの栽培面積は日本の全農地面積の25倍、地球上の全耕地面積の10%に相当する1億3000万ヘクタールに達している。当然のことながら、遺伝子組換え農作物を食べている人や家畜は数え切れないほど多くなっているが、まだどこからも心配するようなことは報告されていない。

 遺伝子組換え作物と交雑して除草剤で枯れないスーパー雑草が出現したら、どうするかと心配する人もいる。幸い、まだそのようなことは起きていない。遺伝子組換え作物が自然の生態系や生物多様性を乱すかもしれないという懸念を100パーセント否定することはできないが、世界193カ国が加盟している生物多様性条約締結国の昨年度会議(COP10)では問題にもされなかった。

 害虫に食べられにくい遺伝子組換えトウモロコシにはバチルス・チューリンゲンシスという昆虫病原菌の毒素タンパク遺伝子が組み込まれている。この遺伝子が作り出す毒素タンパクを蝶や蛾の幼虫などが食べると死ぬから、このトウモロコシは昆虫に食べられて収穫量が減ることが少ない。

 組換えトウモロコシに含まれている毒素タンパクは昆虫には有毒であるが、われわれ哺乳動物が食べても超微量であり、しかも胃酸で分解され、吸収されないので無害である。

 除草剤で枯れない遺伝子組換え大豆についても説明しよう。この大豆には土壌細菌が持っている特殊なアミノ酸合成酵素の遺伝子が組み込まれている。従来の大豆は除草剤、ラウンドアップ(商品名)によってアミノ酸合成酵素が働かなくなり、栄養障害が起きて枯れるのである。しかし、組換え大豆では除草剤に抵抗性がある組み込み酵素が働くので平気である。

 これまでは大豆が枯れないように、除草剤を薄めて何回にも散布して除草しなければならなかったが、組換え大豆であれば強力な除草剤を散布して雑草だけを枯らすことができる。大豆に組込まれている土壌細菌由来のアミノ酸合成酵素は哺乳動物の体内では全く働かないので、私たちが食べても危険はない。

 もちろん、この組換えトウモロコシや大豆は従来の品種に比べて色や形、成分も栄養も全く同じである。唯一違うところは組み込まれた遺伝子が作り出した昆虫毒素タンパクあるいは特殊なアミノ酸合成酵素がごく微量含まれているだけである。しかも、それら微量たんぱく質は人間には危険なものでないことが十分に確認されている。遺伝子そのものは人間の遺伝子も、細菌の遺伝子も区別なく、共通の4種類のDNAで構成されているのだから、食べても危険性はない。

 このように説明しても、とにかく「遺伝子」を食べることが怖いのだと言う人がいる。遺伝子は生物の体を構成している細胞に必ず存在しているものであるから、肉も野菜も遺伝子の塊であると言ってもよい。牛肉を食べれば当然ながら牛の遺伝子を食べることになるが、牛の遺伝子が私たちの体内で活動することはない。そんなことが起きるなら、私たちは牛になってしまうではないか。

 それでも不安だと言う人が多かったので(いただいたコメントにもあったが)「遺伝子組換え農産物の使用表示」が設けられた。57話で説明したようにザル表示ではあるが、実害はないと考えている。

 

 

 遺伝子組換え農産物が輸入されるようになってから14年にもなるが、いまだに消費者の多くは遺伝子組換え農産物は怖いものだと考えている。しかし、遺伝子組換えとはどのようなことであるかをよく理解しているとも思われないので、解説することにする。

 現在輸入されている遺伝子組換え農産物とは、遺伝子組換え操作によて害虫の食害を受けにくくなったトウモロコシ、除草剤で枯れにくくなったトウモロコシと大豆などである。害虫の食害を受けにくい品種であれば、殺虫剤の散布回数を減らせる、また除草剤で枯れにくい品種であれば強力な除草剤で雑草だけを駆除できるから、栽培農家は手間が省けるので都合がよい。したがって、遺伝子組換え農作物の栽培面積はアメリカを中心にして25カ国、1億3千万ヘクタールに広がっている。アメリカで生産されるトウモロコシの80%、大豆の92%が遺伝子組換え品種に替っている。

 わが国はトウモロコシはほぼ100%、大豆は95%を輸入に頼っているから、知らず知らずのうちにこれら遺伝子組換え農産物を食べることになる。そこで、消費者の不安を解消するために、遺伝子組換えの大豆、トウモロコシ、ジャガイモ、菜種、綿実を原料に使用した加工食品には「遺伝子組換え品種を使用した」と表示することが義務づけられている。ただし、醤油、サラダ油、水飴などは製造する過程で遺伝子組換えタンパクが分解して除去されるので、使用していても表示はしなくてよい。

 なお、遺伝子組換え原料を使用してなければ、「使用していない」と表示するか、しないかは加工業者の任意である。ただし、遺伝子組換え原料が少し混じっているかもしれない場合は「不分別」と表示しなければならない。

 現在のところ、遺伝子組換え原料を「使用」と表示している加工食品は市場に全く見当たらず、「遺伝子組み換原料は使用していません」と宣伝している製品ばかりである。ところが、DNA分析をしてみると、遺伝子組換え原料が混入している製品が3割もあるのである。なぜかと言えば、原料全体の5%までなら遺伝子組換え原料を使っていても「使用」と表示しなくてもよい、あるいは原料の収穫、輸送時にたまたま生じた5%未満の混入ならば「使用」と表示しなくてもよいと定められているからである。

 近く、1%以上の混入は認めないことになるが、それにしても知らず知らずのうち遺伝子組換え農産物を食べさせられている(実害はないけれど)ことになるから、消費者をごまかす底抜けザル表示と言わざるを得ない。

 

 

 

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