焼き肉店で食べたユッケによる食中毒が起きてから1カ月になる。原因は牛肉が腸管出血性大腸菌で汚染されていたためであり、富山、福井、神奈川の3県で合計168人の患者が出て、4人が亡くなり、17人が入院中である。腸管出血性大腸菌は血便、腹痛などを起こすだけでなく、ベロ毒素を生成して腎臓や脳に障害を生じることがあるから恐ろしい。

 家畜の腸には病原性大腸菌やサルモネラ、カンピロバクタなどの食中毒菌が生息しているから、食肉や鶏卵が汚染されることを絶無にすることはできない。したがって、ユッケ、レバ刺し、トリ刺し、砂肝刺し、生卵などを食べることに、食中毒の危険性が少ないけれど付きまとう。魚や生ガキなどには腸炎ビブリオ菌やノロウイルスが付着していることがあるから、生で食べれば食中毒を起こす危険性がないとは言えない。

 年間、2000件弱、中毒患者3万人に及ぶ食中毒は、80%はこれら細菌やウイルスによるもので、しかもその4分の1は魚介類や食肉を生で食べたことによって起きている。今回のような集団食中毒が起きると、いつもその責任がどこにあるのかが問題になる。厚生労働省では、食肉処理場や魚市場での洗浄や保存、飲食店での調理などについて衛生基準を定めているが、基準を忠実に守っていても汚染を絶無にすることはできない。だから、火を通さない生ものを食べるのは自己責任と言わざるを得ない。

 魚介類を生で食べることを好むのは日本人の特徴であるが、牛肉や鶏肉を生で食べることは近年に始まったことである。その背景には家庭で調理することが少なくなり、外食店を利用することが多くなったことがあるであろう。わが国の食品衛生状況は諸外国に比べて良好であるけれど、それをよいことにして、外食店で食べる物にあまりにも無警戒になりすぎているのではないか。食生活の70%を加工食品や外食店に頼っている時代であるからこそ、食べものの安全性を自分でよく判断することがより必要になる。

 ポリカーボネート樹脂製の食器や哺乳瓶などからは樹脂に硬化しないで取り残されていた原料のビスフェノールAが溶け出すことがある。缶詰の内面塗料に使ったエポキシ樹脂から溶け出すこともある。この化合物には女性ホルモンの2万分の1程度ではあるが弱いホルモン作用がある。

 おしゃぶり玩具、輸血用の血液バッグ。弁当の箱詰め作業などに使う薄い手袋など、柔らかな塩化ビニール製品からは、塩化ビニールを柔軟にする可塑剤、フタル酸ジエチルヘキシルが数マイクログラム程度ではあるが溶け出して女性ホルモン作用を示すことがある。幸い、ビスフェノールAやフタル酸ジエチルヘキシルの摂取量は1日許容摂取量の10分の1程度であると考えてよい。

 トリブチルスズやトリフェニールスズなどの有機錫化合物は、藻類、貝類の増殖を防ぐので、漁船の船底や漁網に塗る塗料に使用されていたことがある。しかし、それが海水に溶けだして水生生物に蓄積し、巻貝に性器異常が生じたので使用禁止になった。カップめんの発泡スチロール製カップに湯を注ぐとスチロール樹脂の原料であるスチレン.ダイマーやトリマーが数マイクログラム溶け出す、これも環境ホルモンとして働くのではないかと疑われたことがある。

 私たちは食品添加物や農薬だけでなく、医薬、化粧品、洗剤、プラスチック製品などに10万種類もの人工の化学物質を使っている。これら化学物質を製造し、使用する過程でごく一部が環境中に放出されるから、それを吸い込んだり、食事とともに体内に取り込んだりすれば、何らかの健康被害を受ける危険がある。環境省がDDT,PCB,ダイオキシン、ビスフェノールAなど環境ホルモンとして働く疑いがある化合物を65種類選んで調査したところ、現在、日本の大気や河川などを汚染している超微量の濃度ならば、魚に影響することはあっても人間には影響することはないことが判明した。

 かつて報告された野生生物の生殖異常の多くは工場事故などによる局地的あるいは一時的の濃厚汚染の結果であったらしい。これで疑いは全て晴れたわけではないが、マスコミや一部の学者ははよく確かめもせずに大騒ぎしたことを反省してほしい。

 

  ダイオキシンというのは分子内に塩素原子が数個ある複雑な化学化合物である。ダイオキシンには猛毒があり、低濃度でも女性ホルモンに似た作用を発揮して強い発がん性と催奇形性がある。ベトナム戦争でアメリカ軍がジャングルに大量に散布した枯葉剤に猛毒のダイオキシンが混入していたため、南ベトナムでは死産、流産、新生児異常が10倍に増えた。体が連結した双生児、ベトちゃん、ドクちゃんはその不幸な被害者である。

 ダイオキシンは都市ごみを焼却するときに塩化ビニールなどから生成し、排煙とともに放出されて大気、土壌、河川などを汚染する。それが魚介類に取り込まれて蓄積し、私たちの口に入ることになる。平成12年、産業廃棄物の焼却施設が密集している埼玉県所沢周辺で採れた野菜にダイオキシン汚染が見つかったと報道されると、ダイオキシンによる食品汚染の不安が一気に高まった。幸い野菜の汚染は危険なレベルではなかったが、これを契機として全国的に焼却炉の改修が進められ、ダイオキシンの排出は少なくなった。

 私たちの体内に入り込むダイオキシンはほとんど全部が食事経由であり、それも魚介類からである。体内に入り込むダイオキシンは一時に比べれば減少していて、成人であれば1日に75ピコグラム(1ピコグラムは1兆分の1グラム)程度である。ダイオキシンの1日許容摂取量は200ピコグラム程度であるから、それほど心配することはないと考えられる。

 しかし、授乳をしている母親であれば、ダイオキシンは母乳に蓄積されて乳児に移行する。乳児の1日許容摂取量の30倍近いダイオキシンが移行することになるのである。母乳を飲む期間は短いから心配しなくてもよいのかどうか、乳児を実験台にして調べてみるわけにもいかず、確かめようがない。

 もう10年以上前のことになるが、「環境ホルモン」という衝撃的な言葉がマスコミを賑わせたことがあった。かって多量に使用していたDDTやBHCなどの有機塩素系農薬、都市ごみの焼却炉から出放出されるダイオキシン,食器や哺乳瓶に使用していた人工樹脂,塗料等から溶け出す化学化合物が、極めて微量ではあるが環境を汚染していて人間や野生動物に取り込まれる。すると、その内分泌物質,特に性ホルモンの作用をかく乱し、生殖や出産、発がんに悪影響を及ぼすことがあると報道された。このような化学物質が「環境ホルモン」である。

 アメリカの生物学者、シーア・コルボーンらは「奪われた未来」という著書で,環境ホルモンによって野生動物に引き起こされた生殖異常を数多く紹介し、人間についても男性の精子が半減することがあると指摘した。40年も前に使用していたDDTやBHCなどの塩素系農薬はいまだに大気、河川、あるいは土壌に残留している。それがプランクトンに取り込まれ、小魚が食べ、さらにその小魚を大きな魚や海鳥が食べるという食物連鎖によって、魚介類や鳥類の体内に10万~100万倍にも濃縮されて蓄積して生殖異常を引き起こすのである。

 調べてみると、日本人が魚などを食べて体内に取り込むDDTは1日に3マイクログラム(1マイクログラムは100万分の1グラム)と少なく、1日許容摂取量の1%以下であるから大丈夫と考えてよい。ところが、授乳している母親であるとDDTは母乳に濃縮されるから乳児には影響があるのではないかと懸念される。厚生労働省は乳児が母乳を飲むのは長くても2年間だから心配しなくてよいだろうと言っているのだが。

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