日本は上水道が97%の地域で普及しているから、清潔で安全な飲み水が水道の蛇口から出てくるのが当たり前という世界でも恵まれた国である。

 私たちは1日に水を食物から1リットル、飲み水として1リットル、合計2リットルを摂ることが必要である。すると1年で730リットル、70歳まで生きるとすると約50トンの水を飲むことになるから、水は最も多量にして、最も重要な食料であると言ってよい。そこで、飲み水の安全性を確保するために、水道水に混入する可能性がある農薬などの化学物質は水道水を毎日2リットル、70年間飲み続けても安全であると考えられるレベル以下に管理されている。放射能汚染の上限は暫定的に沃素換算で300ベクレル/リットル(乳児は100ベクレル)である。なお、塩素が0.1ppm以上含まれているのは病原菌を殺菌するために塩素を注入しているからである。

 ところが、昭和40年ごろから水源の汚濁が深刻化し、都市部の水道水はカビ臭くて飲めない、あるいは塩素殺菌を強くするので発がん性があると疑われているハロゲン化合物、トリハロメタンが増えるなど、問題が多くなった。これら物質を除くために高度浄水処理が実施されているが、まずいという苦情は一向に収まらない。一方、地方の自治体では人口減と高齢化で水の使用量が減り設備の更新がままならず、水道施設の老朽化が進んでいる。

 そのためであろうか、水道水を直接に飲む生活習慣が少なくなり、ペットボトル入りのミネラルウオーターを持ち歩くようになった。ミネラルウオーターの消費量は年間、250万キロリットルになった。一人当たりにすれば、500ミリリットル入りボトルで39本も飲んでいる。水道水の値段は1リットル、高くても15銭ぐらいだが、ミネラルウオーターは200円、ガソリンより高価な水であるからもったいない話である。

 ミネラルウオーターはミネラルを多く含んでいると考えられているが、国産品は1リットルに60ミリグラム程度であり、水道水と違いがない。通常、地下水を取水して、沈殿物をろ過して除き、瓶詰、加熱殺菌してあるが、輸入品には加熱殺菌をしてないものもあるから注意しよう。

 

 

 

 残留農薬と食品添加物についての解説を 7話続けたところ、予想以上に多くのコメントが寄せられました。「正しい知識を持って冷静に行動してほしい」という私の主張に同調していたいただいた読者が多いので大いに安心しました。

 私たちは科学技術の恩恵を受けて、豊かで便利な食生活を享受している。そのために使われている農薬、食品添加物、遺伝子組み換え農産物などによって健康被害を受けるかもしれないというリスクは、いやなことではあるが辛抱しなければならない。

 だからと言って、農薬や食品添加物などをどんどん使えと言っているのではない。読者の皆さんに理解していただきたいことをまとめてみると、

1)農薬や食品添加物によって健康被害を受ける危険性は小さいが、全くないとは言えない。

2)しかし、どれも現代社会には必要なものであり、小さな危険を伴うとしてもある程度は使用せざるを得ない。

3)そのために、その危険性をゼロに近くなるように管理して、極力安全に使用するようにしている。

4)だから、残留基準値や1日許容摂取量、天然食材に潜んでいる危険性などについて正しい知識を知っておけば、必要以上に心配して大騒ぎしなくても済む。 ということである。

 現在、問題になっている福島第一原発の事故による放射能汚染野菜や魚介類についても同じことが言える。基準値を少し超えた汚染野菜を年中食べ続けるのならいざ知らず、一度や2度、食べるだけならなんら心配する必要はない。幸いなことに、汚染検査値も日々減少してきている。風評に惑わされて受け入れを拒否するなどは過剰反応であり、地元の農家や酪農家、漁業者には迷惑なことであって、死活問題になりかねない。

 

 

 

 

 化学農薬と化学合成添加物は自然界には存在しない人工の化学物質であり、どちらもごく僅かではあるが食事のたびに私たちの口に入るものである。すでに説明したように、1日許容摂取量以下であれば一生、毎日食べ続けても健康には悪影響がないと証明されているが、本当に安心していてよいのだろうか。

 科学といえども説明できないことがある。例えば、複合汚染の問題である。個々の農薬や食品添加物の摂取量は許容摂取量の1%程度と少なくても、数十種類も同時に摂取しているのだから、その影響が加算されたり、相乗されたりして健康に悪影響を及ぼすのではないかという危惧である。このような複合効果が起きるかどうかは試験して調べてみることが困難なのでまだ確かめられていない。

 また、化学合成した添加物を避けて、天然の原料から取り出したものを使えば安全だと考える風潮がある。しかし、天然のアカネ色素に発がん性があることが分かって使用禁止になったことがある。私たちが日常に食べている天然の食材にも毒性のある成分が少しではあるが含まれている。ジャガイモの芽にはソラニン、トマトにはトマチン、唐辛子にはカプサイシンがそれである。肉や魚を焼くと生成するヘテロサイクリックアミン類やポテトチップスを揚げる時に生成するアクリルアミドには発がん性がある。酒(アルコール)やコーヒは日常に飲んでいる程度でも発がんの危険性があると指摘されている。

 これら日常の食べ物に含まれている天然の毒性物質に比べれば、食品添加物や農薬により健康被害を受ける危険性はかなり少ない。専門の医化学調査によれば、がんの原因になるものは日常の食べものが35%、タバコが30%を占め、食品添加物や農薬、医薬品、放射線などが原因になることは3%にもならないと推定されている。例えば、食塩は1日に6グラム以上摂り続けていると高血圧症になると警告されている。すると、日本人が平均して1日に11グラム程度を摂取しているのをどう考えたらよいだろう。因みに欧米人の摂取量は7グラム程度である。

 

 

 

 ほとんどの加工食品には何らかの食品添加物が使われているから、私たちは知らず知らずのうちに多くの食品添加物を食べる(食べさせられている?)ことになる。

 国立医薬品食品衛生研究所では、日本人の食事内容に合わせて食材をスーパーなどから買い集め。1日の献立に合わせて調理し、そこに含まれている食品添加物を検査している。その調査結果によると、私たちが1日にそれと知らずに食べることになる食品添加物は 約100種類、 合計量は約21グラムになる。私たちは1年間に8キログラムもの食品添加物を食べさせられているのだから恐ろしいと週刊誌などで騒がれた根拠はこれである。

 しかし、その大部分は天然の食材にも含まれている乳酸、クエン酸、リン酸、リンゴ酸などである。加工食品に含まれている乳酸やクエン酸などは、どれだけが天然のもので、どれだけが添加されたものなのか区別しにくいが、どちらにせよ毒性はなく、安全である。

 問題になるのは天然には存在しない化学合成の添加物を、1日に37種類、33ミリグラム(1ミリグラムは1000分の1グラム)食べていることである。その大部分はかまぼこ、ハム、つくだ煮などの腐敗を防ぐソルビン酸と生麺や餃子の皮などの乾燥を防ぐのに使われるプロピレングリコールであった。

 しかし、私たちが食べることになるソルビン酸は1日に18ミリグラムであり、それは一生毎日食べ続けても健康への影響がないと考えてよい1日許容摂取量(ADI)の1.2%である。同様に、プロピレングリコールを1日に11ミリグラム食べているが、これも1日許容摂取量の0.7%に過ぎない。その他の化学合成添加物はもっと少なく、ほとんどが0.1%未満である。どの添加物も健康への悪影響はないと考えてよい。

ここ数回は緊急の話題を番外として発信していましたが、今回から元の食育シリーズに戻ります。

 現在、登録されている食品添加物の中には化学的方法で製造された指定添加物が356品目ある。しかし、その大部分は化学的方法で製造されてはいるが、天然の食材にも含まれている成分と同じものであるから、異常な多量を食べない限り心配はない。例えば、化学調味料といわれているグルタミン酸は昆布の旨み成分として知られているアミノ酸である。酸味料として使われる乳酸は乳酸菌がつくる有機酸であり、乳酸発酵飲料やヨーグルトに多い。また、クエン酸は柑橘類の果汁に多量に含まれている有機酸である。

 しかし、保存料としてよく使われるソルビン酸のように自然界には全く存在しない人工の化学物質が66品目あるので、それらは食べても安全であるかどうか厳重な試験が行われる。まず、実験用のネズミに食べさせて急性毒性の強さを調べ、、少量を1カ月あるいは1年間毎日食べさせて慢性毒性の強さや臓器、神経系への影響を検査する。胎児や仔への影響の有無、発がん性の有無なども検査する。その結果により、ネズミに一生涯、毎日食べ続けさせても何ら影響がない摂取量(無毒性量という)が判明する。そこでネズミと人間の抵抗性の違いを考慮して、その百分の一を私たち人間が一生涯食べ続けても安全な1日許容摂取量(ADI)に決める。

 その添加物を実際に使用するときには、1日に食べる食品に1日許容摂取量を超えて添加しないように、食品ごとに最大使用限度量が決められている。例えば、亜硝酸ナトリウムをハムやソーセージの発色剤に使うときは、食肉1キログラムに50ミリグラムまでと決められている。もちろん使用限度いっぱいまでは使用しないで、なるべく少なく使うのが普通である。

 数年前に東京都の保健所が年間6万5千点の加工食品を抜き打ちに検査したところ、食品添加物の使用基準に違反している商品は33点とごくわずかであった。使用基準はよく守られているから安心してよい。

 

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