辛口レクチャーを期待してくださる皆様 ありがとうございます。それでは「1回、ワン・テーマ」で分かりやすく話していきましょう。最初は輸入食料が増えているというテーマです。

 日本人が1年間に食べる食料は約1億2000万トンですが、そのうちの5000万トン余りは海外からの輸入です。

 スーパーマーケットで輸入食料を探してみることにしましょう。野菜、果物、鮮魚など生鮮食料品は売り場に原産地が表示してあるから、輸入品はすぐ見分けられる。全国的にみれば、野菜は輸入品が19%、果物は59%、魚介類は47%を占めている。パン、うどん、スパゲティーやサラダ油などの加工食料品は国内メーカーの製品だから国産だと思っておられる人が多い。ところが、使用した原料の小麦は86%が輸入品、大豆は95%、トウモロコシは100%が輸入だから輸入食料なのです。牛肉は43%が国産、57%が輸入肉の比率で売られているが、国産牛肉と表示してあってもその牛に食べさせた飼料穀物は90%が輸入だから、国内で飼育していても中身は輸入です。

 うどん屋で天ぷらうどんを注文してみよう。うどんと天ぷらの衣に使った小麦粉にはアメリカやカナダ産の小麦が使用されている。揚げ油に使った大豆油はアメリカ産大豆から絞られている。出し汁に使われた醤油も同様にアメリカ産の大豆が原料である。エビはインドネシア、インド、タイなどからの輸入品が多く、国内産は5%もない。今や、うどんも日本の食べ物ではなくなっている。

 食料全体でみれば輸入食料はどのくらいあるのか調べてみよう。米、肉、魚、野菜などを一緒にして国産と輸入を重量で比較しても意味がないので、すべてを食品カロリーに直して比較してみると輸入の方が多くなり、「総合食料自給率」は40%になる。つまり、国民が食べている食料の40%しか、国内の農業、漁業、畜産業で生産できていないのである。だから、足りない60%の食料は海外から輸入して、豊かな食生活を営んでいる。

 

 辛口レクチャーを期待してくださる皆様 ありがとうございます。それでは「1回、ワン・テーマ」で分かりやすく話していきましょう。最初は輸入食料が増えているというテーマです。

 日本人が1年間に食べる食料は約1億2000万トンですが、そのうちの5000万トン余りは海外からの輸入です。

 スーパーマーケットで輸入食料を探してみることにしましょう。野菜、果物、鮮魚など生鮮食料品は売り場に原産地が表示してあるから、輸入品はすぐ見分けられる。全国的にみれば、野菜は輸入品が19%、果物は59%、魚介類は47%を占めている。パン、うどん、スパゲティーやサラダ油などの加工食料品は国内メーカーの製品だから国産だと思っておられる人が多い。ところが、使用した原料の小麦は86%が輸入品、大豆は95%、トウモロコシは100%が輸入だから輸入食料なのです。牛肉は43%が国産、57%が輸入肉の比率で売られているが、国産牛肉と表示してあってもその牛に食べさせた飼料穀物は90%が輸入だから、国内で飼育していても中身は輸入です。

 うどん屋で天ぷらうどんを注文してみよう。うどんと天ぷらの衣に使った小麦粉にはアメリカやカナダ産の小麦が使用されている。揚げ油に使った大豆油はアメリカ産大豆から絞られている。出し汁に使われた醤油も同様にアメリカ産の大豆が原料である。エビはインドネシア、インド、タイなどからの輸入品が多く、国内産は5%もない。今や、うどんも日本の食べ物ではなくなっている。

 食料全体でみれば輸入食料はどのくらいあるのか調べてみよう。米、肉、魚、野菜などを一緒にして国産と輸入を重量で比較しても意味がないので、すべてを食品カロリーに直して比較してみると輸入の方が多くなり、「総合食料自給率」は40%になる。つまり、国民が食べている食料の40%しか、国内の農業、漁業、畜産業で生産できていないのである。だから、足りない60%の食料は海外から輸入して、豊かな食生活を営んでいる。

 

 日本人がなに不自由なく食べることができるようになったのは50年ほど前からのことである。昭和30年代に始まった高度経済成長のおかげで収入が増え、働けば食べることに苦労をしなくてもよくなったのである。食べることに使うお金、つまり食費が家計費に占める割合(エンゲル係数という)は終戦直後には63%を超えていたが、最近では23%に減少している。つまり、楽に食べられるようになったのである

 しかし、江戸時代はそうではなかった。百姓は米を作っても大部分を年貢に取り上げられて、自分では食べることができなかった。職人は1日の稼ぎで妻子に飯を食べさせるのがせい一杯だった。明治になってからでも、田舎の食事は麦飯に味噌汁、野菜の煮つけと漬物であり、干物や卵はめったに食べられなかった。第2次大戦中から戦後にかけては深刻な食糧不足に悩まされ、国民はいつも空腹だった。ひもじくても食べるものがない苦しみを覚えているものだけが食べられることの有難さを知っている。

 食べるのに苦労がなくなったのは良いことなのだが、いつしかそれが当たり前のこととなり、食べるものが豊富にあること、ほしいだけ食べられることを有難いと思わなくなった。その結果、食べることを大切にしなくなり,食料を粗末にする現代のわがままな食生活が始まった。例をあげてみると;

 スーパーマ^ケットには全国各地の食材、海外から輸入した食材があふれていて、飲食店は町のどこででも利用できる。しかし、その食料の4分の1が買いすぎて無駄に捨てられ、食べ残してすてられている。食事ごしらえをすること、食卓を囲んで家族が団欒することは忙しい生活の片隅に追いやられてしまった。おふくろの味を知らない子供が増え、10人に1人の子供は朝も晩も親と一緒に食事をしていない。

 中高年者は食べ過ぎて、3人に一人はメタボ肥満になり、若者は朝食を食べずに栄養が不足気味である。私たちの食事が洋風化したので国内では必要な食料の40%しか自給できなくなったが、狭い国内で無理をして増産しなくても海外から安い食料を買えばよいと気楽に過ごしているうちに、国内農業はすっかり元気を失ってしまった。自分で調理しないで加工食品や外食に頼っているので、食品添加物や残留農薬が入っているのではないかとにおびえることになる。

 このように、私たちの食生活はあまりにもおかしくなっている。どこを、どう直したらよいのか、考えなおさなければならない。だから、数年前から農業の大切さ、食べ物と食べることの重要さを教える国民運動「食育」が始まっているわけです。

 それでは食育博士の辛口レクチャーで「食」について楽しく勉強し直してみましょう。誰でもわかるやさしいお話ですから、よろしくお願いします。

 

 

 

 日本人がなに不自由なく食べることができるようになったのは50年ほど前からのことである。昭和30年代に始まった高度経済成長のおかげで収入が増え、働けば食べることに苦労をしなくてもよくなったのである。食べることに使うお金、つまり食費が家計費に占める割合(エンゲル係数という)は終戦直後には63%を超えていたが、最近では23%に減少している。つまり、楽に食べられるようになったのである

 しかし、江戸時代はそうではなかった。百姓は米を作っても大部分を年貢に取り上げられて、自分では食べることができなかった。職人は1日の稼ぎで妻子に飯を食べさせるのがせい一杯だった。明治になってからでも、田舎の食事は麦飯に味噌汁、野菜の煮つけと漬物であり、干物や卵はめったに食べられなかった。第2次大戦中から戦後にかけては深刻な食糧不足に悩まされ、国民はいつも空腹だった。ひもじくても食べるものがない苦しみを覚えているものだけが食べられることの有難さを知っている。

 食べるのに苦労がなくなったのは良いことなのだが、いつしかそれが当たり前のこととなり、食べるものが豊富にあること、ほしいだけ食べられることを有難いと思わなくなった。その結果、食べることを大切にしなくなり,食料を粗末にする現代のわがままな食生活が始まった。例をあげてみると;

 スーパーマ^ケットには全国各地の食材、海外から輸入した食材があふれていて、飲食店は町のどこででも利用できる。しかし、その食料の4分の1が買いすぎて無駄に捨てられ、食べ残してすてられている。食事ごしらえをすること、食卓を囲んで家族が団欒することは忙しい生活の片隅に追いやられてしまった。おふくろの味を知らない子供が増え、10人に1人の子供は朝も晩も親と一緒に食事をしていない。

 中高年者は食べ過ぎて、3人に一人はメタボ肥満になり、若者は朝食を食べずに栄養が不足気味である。私たちの食事が洋風化したので国内では必要な食料の40%しか自給できなくなったが、狭い国内で無理をして増産しなくても海外から安い食料を買えばよいと気楽に過ごしているうちに、国内農業はすっかり元気を失ってしまった。自分で調理しないで加工食品や外食に頼っているので、食品添加物や残留農薬が入っているのではないかとにおびえることになる。

 このように、私たちの食生活はあまりにもおかしくなっている。どこを、どう直したらよいのか、考えなおさなければならない。だから、数年前から農業の大切さ、食べ物と食べることの重要さを教える国民運動「食育」が始まっているわけです。

 それでは食育博士の辛口レクチャーで「食」について楽しく勉強し直してみましょう。誰でもわかるやさしいお話ですから、よろしくお願いします。

 

 

 

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