こんにちは。読んでいただきありがとうございます。

すっかりご無沙汰をしてしまいました。国家試験を受けられた方、如何でしたか?今回は、祝杯にちなんだお話を。

621日の夏至までわが国では毎日少しずつ陽が長くなって行きますね。そんな季節、週末のトワイライトタイムはまさに黄金の時間と言えましょう。「たまにはお酒でも」と思ったとき、シャンパンは如何ですか。炭酸が入ったお酒を陽に翳すと、気持ちは晴れやかに。

シャンパンとは、正式にはフランス、シャンパニュー地方の発泡ワインのみが冠せられるそうです。以前シャンパニュー地方のワイナリーを訪ねたのですが、家族経営のワイナリーが多く、価格帯もいろいろだったほか、シャンパンの熟成中に結構瓶が破損してしまうといった産地ならではのお話などを伺いました。勿論試飲も充実していて、とても愉しい訪問だったことも申し添えなくては。

デパートのお酒コーナーを覗くと、いろいろな銘柄のシャンパンや発泡ワインがあって、手頃な価格で美味しいものがたくさん並んでいます。ラベルのデザインで選ぶことも、ちょっとした出会いになりますね。個人的にはスペイン産の発泡ワインを選ぶことが多いですね。

数年前、自分用にシャンパングラスを購入しました。以来シャンパンを注ぎ、グラスの底からまっすぐに立ち上り続ける泡の連なりを眺めるのが楽しみになりました。グラスの底部に工夫があるようで、ちょっとした芸術。最近はグラスに苺を1粒入れることにしています。シャンパンと苺は「最高の組み合わせ」と言われていますが、この季節は気軽に楽しめますね。

そんなひと時に欠かせないのがチーズ。チーズが無ければご馳走も片目の美人でしたっけ。近年、世界各地のチーズを購入することが容易になってきましたね。量り売りも多く、目移りしてしまうことも。硬質チーズとして知られているのがオランダの通称「赤玉」と呼ばれるゴーダチーズで、あの1玉の重さはなんと6kg前後。カットして売られているわけですね。カビによって独特の味わいが付与されたのが、カマンベールチーズやロックフォールチーズ。まさに大人が好む濃厚な味と言えましょう。オーストラリア産の甘いデザート系のチーズや、ナッツ等のついたチーズも今ではすっかり馴染みになりました。ちょっと変わったところで、北欧のミゾーストという褐色のチーズがあります。専用のナイフで薄く削って食べるのですが、乳糖が多く含まれキャラメルのような味わいです。寒い中で長時間競技をするノルディック種目の選手には、エネルギー補給源として欠かせないチーズだそうです。

このようにヨーロッパにおけるチーズは日本の漬物のような存在で、町や村ごとに数千種にも及ぶ独自のチーズがつくられてきました。そんな自慢のチーズも、EUがリステリア菌による食中毒防止のためとして、殺菌した乳を原料につくるように決めて以降、かつて生乳でつくっていたときより、味が落ちてしまったとの嘆きをよく聞きました。ヨーロッパのチーズ製造の原料は、今日ではウシの乳が主ですが、かつてはヒツジやヤギの乳からつくられてきました。今日でもアフリカやモンゴルなどでは、ラクダの乳からもチーズをつくっています。

チーズづくりは大胆に言ってしまうと、1Lの乳からカッテイジチーズ状の湿ったチーズが100gほど出来ます。液体である乳が、十分の一の固体になったのがチーズなのです。かつてチーズ製造は、常温では保存出来ない乳を活用する最適の方法でした。製造における熟成など様々な工夫によって多彩なチーズが生み出されたのです。チーズをつくるところをご覧になったことがありますか。液体である乳を加熱し、酵素や微生物の働きによって蛋白質のカゼインが凝固する瞬間は、一種魔術のようで、いつ見ても心がワクワクします。

ナナチュラルチーズがわが国に輸入され始めた頃、独特の匂いに驚いたそうですが、トビウオのクサヤ,鯖のへしこ、鮒寿司といったこれまた日本ならではの発酵食品に馴染んでいたゆえ、その味を好ましいとして、今日楽しむことが出来るのでしょう。

トワイライトタイムを豊かにする、お好みの味のチーズを探してみませんか。実は国産のチーズ、世界が驚くほどの高品質に達しているのです。酪農王国北海道のチーズをどうぞよろしくお願いします。

 

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こんにちは。読んでいただきありがとうございます。

このタイトルにあっと思われた方は、同じ時代の空気を吸われましたね。わたしが京都に対し地名を越えた意識を持ったのは、この歌を聴いてから。子どもでも、本質的なもの、良いものは分かるもので、以来、京都を何度訪ねたことか。

京都に代々暮らしてきた友人に会うと「よく入洛されました」と迎えてくれます。この入洛という言葉に、まさしく都としての矜持を感じます。

自分たちの暮らす街に魅力があるゆえ、常時旅人という"他者"が訪れ、週末や良い季節にはより増えることは、観光に携わる人の割合が高くても大変なこと。ゆえにヒトとの関わり方に折り合いをつけるべく、様々な術、言葉が生み出され、磨かれ続けてきたのでしょう。京都の魅力については、多くの方によって語り尽くされた感がありますが、五木寛之氏が京都を「前衛都市」であると述べられたことにとても納得しています。興味を持たれた方は是非、本を読んでください。

若い頃、京都に行くたびに北海道には無い景色、風情に驚いていました。言葉は通じるものの、実は外国人と同じ視点で京都を見ていたことにほかならなかったのでした。そして1つでも多くのお寺、美術館に行きたいと動いていました。

今、関西に出かけて半日ほど時間が空いたときは、素早く京都に出かけます。お寺なり美術館を1つ訪問出来たら上々と思うようになりました。最近の愉しみの1つは京都の洋食を味わうこと。或時、店構えに惹かれ京大にほど近い洋食店に入りました。とても凄いお店で、丁寧に味付けされ、なんとストーブ調理でした。カトラリーは磨かれてきた年代物、温かいもてなしに、美味しくそれは満ちたりた時間を過ごしたのでした。

冬になると毎年、JRの「京都冬のたび」の宣伝を目にします。非公開寺院の特別拝観が目玉。底冷えする寒さで、自分を棚に上げてですが、訪れる人が少ないためゆったりと出来ます。結局、京都はいつの季節でも良いということですね。底冷え対策(寺社拝観では厚手の靴下が欠かせません)をして出かけると、かつて訪問した寺院でも、冬ならではのほかの季節とはまた異なった表情を見せてくれます。

数年前思いがけず年末の京都で数時間、洛北の名庭を独り占めしました。その折、雪ならぬ糸のように細く明るい雨が途中で降ったのですが、私は陽差しを浴びた縁側から雨を眺め、何とも言えない伸びやかな心地になって行きました。あれこれ考えていたのが、すっかり空っぽに。

 では最後に京都の朝食のお話を。3月下旬ともなると京都は桜が満開。ですがまだ肌寒く、なごり雪も。京都市役所隣のホテル高層階の朝食は、運が良ければ東山から比叡山まで一望出来る景色に、うっすらと刷毛で描いたような雪が積もった風景に出逢えます。春の桜ならぬ淡雪が裾野から上へと、溶けてゆく僅かで煌くような時間を、温かいオムレツをいただきながら眺めるのです。

まだ寒いので旅に出るのが億劫ですが、桜が咲く季節ももうすぐ、どこかへお出かけになりませんか。「今日の朝食は今日だけ」と思うと、旅の空、どこで、どんな朝食を摂るかを時には考えてみるのも一興です。目下、例年に無い大寒波の札幌は連日冷凍庫状態で、その上毎日雪かきに追われています。ああ京都に行きたくなりました。これから懐かしのCDを聴こうと思います。勿論「京都慕情」を。

 

2012年が始まりました。本年もよろしくお願いします。皆様に良い事がたくさんありますように。

お正月料理といえば「おせち」ですね。その内容、味付けについての決め事が各家庭で申し送りされてきました。重箱に詰められた「おせち」には「農耕とともにあった日本の暮らし」の暮らしが詰まっています。記憶の玉手箱と言えましょう。「おせち」の定番である伊達巻、黒豆、昆布巻き、なますなどは、今日ではご馳走と言えなくなってしまったかのようですが、おろそかにしてはいけない日本の味です。

私の暮らす北海道では、大晦日の夜に「おせち」を食べることが多いのです。大晦日は親戚が集まり、無事に年を越せることを祝って、ありったけのご馳走を並べてきたので「おせち」も早々に並んだのでしょう。何より1年に一度懐かしい顔が揃い、一緒に食事をして一時を共に過ごすことは大切なことでした。

 

北海道の日本海沿岸にある漁師町では、鯨汁が年末に欠かせません。漁師町で育った知人は「鯨汁が無いとお正月が来ない」と言います。つくり方は、鯨の白い脂身を短冊形に切り、大鍋で数日間煮込んだところに、春に取った山菜を加え、醤油で味を整えるそうです。いただくと、汁に溶けた脂で身体の芯まで温まります。「最近鯨が手に入りにくくなって」と嘆く声を聞くたびに、食卓が世界と密接に繋がっていることを実感します。かつて鯨は、魚屋さんの店頭に並んでいた身近な食材でした。

年末、お皿に載せた赤い縁取りの鯨ベーコンを見た一定以上の年代が、「子どもの頃、ベーコンと言えば鯨だった」「鯨ベーコンは醤油に唐辛子をかけるのが一番」「なぜかマヨネーズをかけて食べるのが好きだった」「高級品になっちゃって」などなど、鯨ベーコンに関わる記憶とともにその味を、しばし楽しんだのでした。

 

時は巡り、大晦日の宴の顔ぶれも変わり、規模も縮小しました。ですがお正月に家族、友人と「共に食べる嬉しさ」は変わらないでしょう。こうして人が集まって食べるときに欠かせないのが御飯。米は我々日本人の食を支えてきました。人類史的には日本の地において、米を約2300年、77世代にわたり食べてきたとされています。こうした歴史における時間が「長い」か、はたまた「短い」とするかは、考える基準となる物差しによって同じものが、大きく違う姿を見せます。食において40年という時間があれば伝統となるそうな。なんと半世紀もかからないのです。ひとの一生より遥かに短い期間で食における伝統とは動くもの。そこで「おせち」は、内容、味付けに変遷はありつつも、根幹が平成の今日までよくぞ伝えられてきたと思うのです。そして今我々は、食における伝統とどのように向き合って行くかが問われているのではないでしょうか。

 

今年も新しい料理が紹介され、様々な食のブームが起きることでしょう。ですが「おせち」は中華風、○○風と媚びずにつくりたいもの。「おせち」には日本人の知恵、願いが込められているのですから。「おせち」を子どもが好きな料理ではないからと、料理を子供の嗜好中心にする必要は無いのです。日本の味とはこういうものであると、本来、子どもが経験的に学ぶべき家庭の味が弱くなっていることも背後にあるでしょう。

「おせち」は調理技術という面からみると、日持ちが考慮され、一朝一夕には出来ない料理です。全てを手つくりにと力まず、数品を我が家の味、手づくりにすることを目指しませんか。「おせち料理の基本のき」からの年間計画を立てませんか。来る2013年のおせち攻略を目指し、深謀遠慮は如何でしょう。題して「おせち大作戦」。かく言う私は本件についてあれこれ考え、あっという間にお正月が過ぎました(実に愉しかったのです)。重箱が最近登場していないことも反省しました。食べることを、周辺を含めて楽しみたいですね。そろそろ丁寧に生きなくては。「おせち大作戦」の遂行により、台所で過ごす時間も増えそうです。勿論、家族や知人も巻き込みましょう。そうです、これから準備する家庭菜園やプランターで植えるものの選定も関係してきますよ。さらに身近な先人、おばあさんに注目。血縁の有無はこの際ちょっと気にせずに、近くのお知り合いの人生の先輩であるおばあさんにこちらからお願いしましょう。何が知りたいのかを、具体的に。みなさん経験に裏打ちされた多くの知恵をお持ちです。その知恵を知ることは私たちのこれからの生活にあって大きな喜びとなると思います。

 

最近話題になっているのが自家菜園。好みの野菜を育て、新鮮な自家製野菜を収穫することに魅せられた人が増えているそうです。わたしの勤務先では、食に関する1年生の授業で1 180㎝ほどの一畝のマイ畑を担当し、じゃがいも、大根等を育てているほか、ゼミ単位で畑を持っています。学内に鶏舎があり、鶏糞を肥料にすることも可能。そのためには「切り返し」という作業が必要ですが、こうした滅多に出来ないワイルドな作業も体験可能で、畜産系の大学ならではの食に関わる経験をしています。

北海道はじゃがいもの産地で、秋から冬への今時期は、じゃがいもを使った料理が食卓を賑わします。じゃがいもはモリモリ、ワイワイといった音韻の出る食卓に欠かせない野菜です。「ごつごつとしたお芋のようなヒト」というと、シャイで無口ながら信頼の出来る頼もしいヒトといったイメージが浮かびませんか。

そんなじゃがいもの特徴は①「大地のりんご」と呼ばれるほどビタミンCを多く含んでいること②原産国は南米のアンデスで、地球をぐるりと回って日本に到来したこと③短い期間で育ち、救荒食物としても貴重だったことなどですね。

じゃがいもに関する青春の思い出を。大学生の時、ふるさとの北海道はカニ族というリックを背負った若い旅人で賑わっていました。ひと夏、とあるYHでヘルパー(お手伝い)をしました。YHとはユースホステルの略で、簡素な宿に泊まりつつ見聞を広めるためのドイツ発祥の運動で、今日も世界中にあります。当時北海道に多くのYHがありました。「○○YHの○○料理がおいしい」といった口コミが、旅人であるホステラーの間で流れ、「予定を変更して泊まりにきました」などと、旅とその周辺をひっくるめて楽しんでいたのでした。1泊2食で3000円の時代でした。ヘルパーとして、朝夕130食をつくっていました。ヘルパーは日本中からやってきた仲間です。ある日、カレーをつくろうと思い、買い物に行く仲間に「お芋をお願い」と頼みました。戻った仲間が手にしていたのはサツマイモでした。そうです。彼女は九州出身で、九州でお芋と言えばサツマイモだったのでした。大きな笑いが弾けましたが、北海道で育った者には、お芋とはじゃがいもで、ささやかな「違い」を実感したのでした。今ならば、育った地域の影響として、あれこれと述べることが出来ますが、当時はこうしたことで、地域というものを認識したのでした。

北海道のじゃがいもとして最も知られているのは「男爵芋」で、粉吹き芋、マッシュポテトに適しています。「男爵芋」はヨーロッパのじゃがいもの中で、あまり脚光を浴びた品種ではなかったそうな。「メークイン」は煮崩れしにくい性質を持ち、シチュー、おでんなど煮込み料理に適するといわれていますね。「キタアカリ」は、男爵芋より煮崩れしやすいのですが、ビタミンCが多く、最近収量が増えています。そのほか小粒ながら、原産地アンデスの風味を伝えている「インカのめざめ」は、日本のような長日条件で栽培出来るようにされた品種です。中の色は「キタアカリ」より黄色が強く、オレンジ色に近いです。市販されてはいませんが、中の色も紫色をした「インカパープル」なども本等で紹介されているようです。

南米を旅した折、覗いた市場ではさすが原産地、様々な色、サイズのじゃがいもを見ました。南米では今も、多くの種類のじゃがいもを食べていますが、伝統的な食べ方に、蒸したじゃがいもにある種の土をつけて食べる方法があります。この土(粘土に近いものでした)をつけて、実際に食べる機会に恵まれたのはペルーで、空中都市マチュピチュへ行く途中、インデイオのお宅でのことでした。そのときお皿に盛られた皮つきじゃがいもの色の多彩さに驚きました。お皿には蒸された9種類のじゃがいもが盛大に載っていました。初めての経験でした。土をつけて食べることには、味覚面の嗜好とミネラルの補給という意味合いがあるのでしょう。アンデスならではの芋の加工品として、凍らせた生芋をつぶし、水分を出して保存した乾燥芋もよくつくられています。皮つきマッシュポテトといったところで、様々な料理に用いられていました。

じゃがいもをよく食べる国といえばドイツで、ジャーマンポテトが有名ですが、お隣のロシアでも毎日スープなどを中心に食べられています。モンゴル遊牧民の間でも20世紀以降、じゃがいもはヒツジ肉と一緒に炒めたり、スープの実として食べられるようになりました。葉物野菜に比べ食生活に取り入れた時の抵抗は少なかったようです。こうして寒い国の消費に目が行きますが、スペインの家庭料理においてじゃがいもは、毎日どころか毎食欠かせません。じゃがいもが入ったずっしりとした卵焼きは、スペインのおふくろの味の定番です。じゃがいもは地域によって食べられている種類が異なっても、西欧で食卓に上った歴史が浅くても、今日世界的に広く食べられている食材なのです。

最後に簡単な新じゃがいもの北海道での食べ方を紹介します(某有名レストランでも出てきますよ)。じゃがいもの皮を剥かないことがポイントです。

じゃがいもを丁寧に洗い、ビニール袋にサラダオイルを入れた中を潜らせます。天板に塩を厚めに敷いた上にオイルのついたじゃがいもを載せ、190℃で40分程度焼きます。竹串が通ると出来上がりです。オーブンに入れるとき十文字に切目をつけ、焼いてから少し皮を剥いて、バターを載せて熱々をいただきます。オーブンに任せておけるので、一品ほしいなと思うときや、おやつとしてぜひどうぞ。チーズやサワークリームを載せると、一層おいしくなります。

皆様、冬至まで日没が早まり夜が長い日々ですが、元気でお過ごしください。

すっかりご無沙汰してしまいました。みなさん食欲の秋、お変わりありませんか?北海道はすっかり寒くなり、もうストーブを焚いています。私の仕事場の部屋は、贅沢なことに野幌原始林に面していて、窓いっぱいに原始林の紅葉が広がっています。緑の時期も美しいのですが、紅葉は暖色でとても明るく、冬が来る前の、華やぎに満ちています。今も風に吹かれて落ち葉が舞っています。

 

食べることは、毎日欠かせないことです。我々人類においては、生き抜くために食べていた期間が、時間で考えるととても長かったのでした。ところが幸運なことに、食べる楽しみを、特権階級だけではなくかつて無い大きな市民集団として享受出来るようになったのが現代です。飢えに対する恐怖が薄れている今日、「食べること」について、考えてみようと思います。

口にする対象物には「食べるもの」と「食べられるもの」という視点があります。これは文化人類学者である西江雅之氏の著書『「食」の課外授業』に書かれているのですが、その中で、「何を食べものと認めるかは、判断する者の属するところの「文化」である」と論じています。この文化によって、同じ食品の価値の評価、序列も異なることとなります。

地球上の多彩な文化の影響下にある人類は、この2011年の10月下旬には未曾有の70億人に達するそうです。どのようにして世界の出生数がカウントされているのか、不思議ですよね。毎日、地球上で人は何かを食べているわけで、規模を拡大して考えると、「食べる」という営みは何と壮大なことでしょう。

「味覚の秋」「収穫の秋」には一層パワーアップですね。

 最近、「シンプルな味付けの料理」のおいしさをあれこれ考えるようになってきたのですが、そこに素材のちからとそこにプラスされる調味料などの味が関わっていると思うのです。何をおいしいかと思うのは、遺伝的な要因とともに個人の経験をはじめ環境に大きく左右されるというのは良く知られた話ですね。

 

この9月、仕事でモンゴル国に出かけていたのですが、存分に肉を食べてきました。もちろんヒツジ肉です。

モンゴルで好きな食べものを聞くと「マハ(肉)」との答えが老若男女を問わずに返ってきます。この場合の肉はヒツジ肉で、脂身が含まれていることが前提です。数年前オリンピックで初めてモンゴル選手がレスリングで金メダルをとったのですが、その日、草原にいて、偶然金メダルを取った選手の出身地でした。更にはうかがった先が選手の親戚宅で、それはもう、お祭り色一色で、わたしたちも大いに楽しませてもらった記憶があります。その日以来、当時のモンゴルはオリンピック選手にまつわる話題がマスコミで盛りだくさんとなり、オリンピック選手の好きな食べものを問う特集記事が忘れられません。

答えはもちろん皆さん「マハ」。ヒツジ肉です。いかにもモンゴルらしい答えですね。モンゴル語で「肉をよく食べる人」は、「マハチン」といいます。いい音の響きですね。そこで私たちは何と答えるかというと思うと、答えは多様でしょうね。

さてヒツジの肉の味ですが、モンゴルでの草原で草だけを食べて育ったヒツジはもうジューシーです。私たちが日本で味わうヒツジの味は、本来毛皮を取るヒツジの肉の有効活用としてタレつきが考案された経緯があるのですが、是非、モンゴルのヒツジ肉を味わっていただきたいと思うのです。その味付けは、少量の塩です。香辛料は少量で料理をよりおいしくしますが、モンゴルではこの香辛料がとても少ないのです。無いこともありますが、新鮮な肉ゆえ必要ないともいえるのです。ヒツジ肉を始め、モンゴルで肉は水から茹でます。この水から茹でることで、おいしさがスープに浸透します。モンゴルのこどもの離乳食では、ヒツジ肉のスープと肉本体が、同じ価値を持つとしているのです。

今、日本では居ながらにして世界の様々な食べものを入手出来ますが、モンゴルのヒツジ肉を味わうには、身体をモンゴルまで運ばなければなりません。もう雪が降り、氷点下のモンゴルですが、この寒い時期こそモンゴルの素顔をみることの出来る季節で、温かいモンゴルの肉料理を味わうには最適です。火照った体で外に出ると、夜空は澄み渡り、金属的な星の音が聞こえるほどの美しさです。私はこの一瞬に、いつも「生きていることの本質」を感じてしまうのです。

世の中にまだ、そう簡単に食べることが出来ない「モノ」が存在していることは、実はとても大切なことである気がします。物を入手するには対価を払いますが、お金だけでは済まない様々なモノがいとおしくてなりません。日々丁寧に生きなければと思うようのは、こんな季節だからでしょうか。

どうぞ風邪など召しませぬよう、お元気でお過ごしください。

 

 こんにちは。立秋本当に暑いですね。日本では幾分涼しいはずの札幌も連日暑い日が続き、食中毒警報が出ています。ちなみに北海道の家庭はほとんどクーラーを持っていません。

食中毒は細菌やウイルスによって引き起こされますが、困ったことに腐敗とは異なり、味や匂いによる判断が出来ません。「最近食中毒が増えた」という声を耳にしますが、食中毒の判断がしっかりなされるようになったことも関与しています。

この夏も食中毒防止のため、衛生管理に細心の注意を払い、大規模な食事つくりから、家庭の食卓まで、しっかりとした加熱調理を行うことが欠かせません。火を使って料理をつくるのも体力勝負です。

 

 この夏の盛り、中国へ行ってきました。そこで今回は中華料理のお話を。

 中華料理といえば、前菜を除いてしっかりと火が通った料理です。思えば冷蔵庫などという近代の知恵が結集した電気製品が家庭規模に備えられたのは、人類の歴史からみて、ごく最近のこと。食品が腐る速度に対し、どのように食品を有効に長持ちさせるかが料理技術で、冷蔵庫の普及は食生活において想像する以上に大きな恩恵です。

中国で20数年前に暮らしていたころ、当然ですが日々の食事は中華料理した。その頃は冷蔵庫を持っている家庭も少なく、強い火力でつくり、出来立ての熱々を食べなければいけない中華料理は、食中毒を防ぐ意味からもとても合理的な料理方法であると痛感しました。そして今のように丁寧に野菜を洗わなくても、大量の油で炒めかつ煮てつくる日本とは全く異なった野菜炒めの手法も、寄生虫の予防に最適と納得したものでした。中華料理で盛り付けに凝るのは前菜のみで、皿の上には包丁の冴えが細工物などに遺憾なく発揮されます。あとの料理は北京鍋の中で完成する味が勝負で、そのまま皿に盛り付けます。つくってからおなかに収まるまでの時間が短いのです。そこでつくってから時間が経ったあんかけ料理など、総じて冷えた中華料理に触手が動かないことは、実は食品衛生からみえると、理に叶っていると納得するのです。1秒でも早く食べようとする中華料理において、おいしさと食の安全はセットになっていたのでした。先人の知恵ですね。そんなことを思い出しながら中国の街角に久ぶりに立ったのですが、活気に満ち食事を出す店舗の数も多く、まさに国を挙げて食べることに向かっている気がしました。

 

内蒙古の省都フフホトで夜に食事をしたお店は、おいしく予約が取りにくいとの評判のお店でした。規模も大きく、最大5000人が食事を出来るとのことでした。もっとも中華料理なので5000人の盛り付けがすべての料理で必要なわけではありませんが。さすが大きいことが好きなお国柄ですね。

入口を入ると、日本のデパートの食材売り場を華やかにしたようなデザインで多彩な食材が並んでいました。料理のつくり手と来店した客の熱気が華やかに伝わってきました。魚は巨大生簀で水族館のようでした。1角にはさりげなく鰐もぶつ切りになっていました。それらの食材を、どのような料理方法で何人分とオーダーするのです。このメニュー相談は楽しいものですが、センスが問われます。この時15名で食事をしたのですが、様々な料理が続々と回転テーブルに載り、ロブスター、カニ、鰐、すっぽんを料理した皿も登場しました。

 スープにはツバメの巣、あわびなど高級珍味が盛大に入っていました。スープはお店の実力が出るものですが、平凡な味覚を持った人間としては、「1品で食べるともっとおいしいのに」と思ったのでした。食べることを楽しんでいる中国の今を実感したのでした。煮る、焼く、蒸す、茹でるといった料理方法を組み合わせ、さらには時間をかけてなまこなどの乾物を戻し、生以上においしい料理に仕上げる料理技術は、この21世紀にもしっかり伝わり、人々を愉しませていました。今回の旅は中華三昧で、いつもご飯に至るまでに満腹となり、白いご飯を食べながらの日本式の中華の味わい方もいいものだと思ったのでした。

こんにちは。読んでいただきありがとうございます。北海道はやっと緑に染まる季節を迎えました。今日は夏至。北方の国々では様々なお祭りが催されていることでしょう。

我が国でつくられている世界地図では、日本は真ん中に描かれています(海外でもそれぞれの国において自国が中央に描いた地図がつくられています)。そうした世界地図で日本とヨーロッパの間に広がっているのが中央アジア。遊牧民の末裔が暮らしています。

1990年代に中国新疆ウイグル自治区に行った折、万年雪を戴く天山山脈を見て、向こう側の国へ行ってみたいなと思ったのでした。2007年以降、数度天山山脈を越える機会を得ました。

余談ですが、カザフスタンのスタンとはモンゴル語で氏族を意味するヤスタンが由来とか。こういったことから遊牧世界で今日まで及んでいるモンゴルの影響を感じます。国名にスタンがついているのは、キルギスタン(現在はキルギス)、トルクメニスタン、ウズベキスタン、パキスタン、アフガニスタンです。今日紹介するカザフスタンとは直訳すると、「自由の戦士の氏族」。

遊牧民を語るとき、広大な空間を移動する手段としてウマが登場します。ウマは遊牧民にとって単なる家畜では無く、特別な存在。以前のプログでモンゴルにおいてウマの乳からつくる馬乳酒を紹介しましたが、そのモンゴルにタヒという、染色体が1つだけ通常のウマとは異なる野生ウマがいます。体毛が茶色で鬣が黒く、足の先半分が黒い小型のウマです。とても珍しいためヨーロッパの動物園に売られた悲しい歴史があります。仔ウマを捕るためのハンティングで、剽悍なオスウマは当然のごとく仔ウマを守るために立ち向かい、皆銃で撃たれてしまったそうです。そうしてモンゴルの草原からタヒの姿は消えたのでした。90年以降、ヨーロッパの動物園で僅かに飼われていた個体が、モンゴルの草原に戻されました。凄い試みですね。今日、日本の四国に匹敵する面積の国立公園で厳重に保護されています。個体数もやっと増え始めているそうです。タヒはとても用心深く、遠くから双眼鏡越しに見ただけでしたが胸が時めきました。このウマを見るため世界中からモンゴルへ多くの人がやってきています。専用のツーリストキャンプが設けられています。

ほとんど知られていないのですが、カザフスタンにもタヒがいるのです。広大なアジア大陸がつながっているということを実感しました。カザフスタンは世界で9番目という広大な国土を有し、野生動物、生態系の保護に力を注いでいます。国立公園のシステムが見事に機能しているのです。かつての首都アルマトイから車で北へ300キロの国立公園で、自然保護官の立会いのもと、タヒに出会いました。さらには直に触ることが出来ました。ウマ好きには忘れられない経験でした。

そしてカザフスタンでは、ラクダ飼育が盛んです。ラクダは水無し、草無しで長く移動することが可能で、棘がありヒツジやヤギが食べられない灌木や草を消化出来ます。家畜化された動物の中で最も条件の悪い環境で生きられる能力を備えた大型動物を、家畜化し搾乳まで行うこととした遊牧民は凄いですね。

日本でラクダといえば、コブが2つのフタコブラクダを連想しますね。ところが海外では、ヒトコブラクダが主です。映画「アラビアのロレンス」の戦闘シーンも、ヒトコブラクダ隊が疾走していました。

北アフリカから中近東、トルクメニスタンにかけての広い乾燥地域で、ヒトコブラクダが飼われています。フタコブラクダは、モンゴルと中国の乾燥地域に生息していますが、世界のラクダ分布では少数なのです。

鳥取砂丘のラクダは月の砂漠の歌のイメージからか、中国産のフタコブラクダです。カザフスタンは、これもまた知られていませんが、ヒトコブラクダとフタコブラクダが世界で唯一、混在して生息している国なのです。地理的な特殊性ももちろんありますが、これらが凄いことであることを実感しています。

ヒトコブラクダはフタコブラクダよりちょっと小さく、搾乳量が多いことから、北アフリカの諸国で多く飼われ、今日FAOの統計を見ると北アフリカ、アラビア諸国ではウシ乳の消費量より、ヒトコブラクダ乳の消費量のほうが遥かに多いのです。ラクダの乳が、飲用目的で広く売られているとは、意外な気がしませんか。一方フタコブラクダはヒトコブラクダよりも大型で、力が強く、寒さに強いことから、モンゴルやカザフスタンでは搾乳対象であるとともに、使役にも用いられてきました。

カザフスタンではこうしたラクダ乳を複数の乳酸菌と酵母で発酵させ、濁酒状のシュバット(アルコール度3%前後)というお酒がつくられています。モンゴルではホールモグと呼んでいます。「ウマの乳からつくるクミス(馬乳酒)よりシュバットのほうがおいしい」との話もあちこちで聞きました。ラクダ乳は脂肪分がウマ乳より遥かに高いため、濃厚な味わいで、クミスのように成人で1日5Lもの大量の飲用は難しいです。こうした民族飲料への強い嗜好性は、民族の記憶が支えてきているのですね。

遊牧民が代々伝えてきた乳加工が省略化し、搾乳する家畜の種類も減少する中、近年シュバットはその飲用による医学的な効果に関心が高まってきています。この夏、カザフスタンへの旅は如何ですか?天山山脈を望み、シュバットを片手に家畜の群れを眺めるといった、何もしないという贅沢な時を過ごすことが出来ますよ。

 

喫茶店の飲み物といえばコーヒーですね。コーヒーの魅力は味と、食品には少ない褐色の独特な色合いとともに、独特の香りが大きな魅力といえましょう。かつて最初にコーヒー豆を味わった人は、野生のヤギがコーヒーの赤い実を食べて浮かれていたのを真似たとか。

世界各地のコーヒーの淹れ方を調べると、3つに分類出来るようです。1つは早い時期にコーヒーの飲用が盛んになったイスラム圏におけるイブリクコーヒーです。イブリクと呼ばれる柄の長い真鍮製の容器に、細かく挽いたコーヒー豆と水を入れて煮立てる方法で、砂糖は加えてもあまりミルクは入れないことが特徴。2つめはヨーロッパにおけるコーヒーを濾して飲む方法。この中に蒸気を用いるエスプレッソも含まれます。3つめは中南米で行われている、細かく挽いた豆に砂糖を加えて煮出し、ネルの濾し袋で濾す方法。

いずれもコーヒーをおいしく飲もうとした知恵の結晶で、今も喫茶店でネルのドリップコーヒーを入れているのを見かけますが、そのルーツは中南米だったのですね。

淹れたてのコーヒーの華やかな香りを嗅いだ瞬間、不意に赤面するようなある種の甘い思い出がふと呼び起こされた経験はありませんか。この香りにはストレスを緩和する効果もあるとか。今日はコーヒーと喫茶店のお話を。

 

ヒトは心の中にいろいろな記憶を秘めて生きていますよね。時に「鍵をかけた長櫃の中から恋の奴が掴み掛る」ことも・・・。そんなことを思うのは、歳を重ねたゆえでしょうか。私は、確実に人生の折り返しを過ぎたせいか、喫茶店でひとり過ごす、ささやかな時間がとても愛しいのです。所用のとき、喫茶店が近くにあるならば、早めに出かけます。こうした時間は、その気にさえなると、意外と簡単につくることが出来るものですね。私のお気に入りは、空の見える喫茶店です。そのためには窓が必要ですが、この「窓があること」は、街中では意外と難しくなってきていますね。

朝の喫茶店でのひと時は、夕方以降とは異なった時間が流れているようで、ゆったりと過ごせます。朝の喫茶店で印象深いのは、京都の中京にある老舗の喫茶店。そこは朝から近くの商家の方が悠々と一杯のコーヒーを楽しみ、ご自分の1日の句読点として利用されているのです。京都に行くと旅人の私も贅沢な時間をそっと共有出来たと感じるのです。

 

学生時代はあれこれと動き回っていたはずなのに、時間がありました。生物として、持っている「これからの時間」の量が多かったからでしょう。携帯電話の無い時代、待ち合わせ場所が喫茶店でした。固い椅子に座ってよく本を読みました。まさに私の第二図書館でした。村上春樹の小説の中に描かれる喫茶店の醸す空気をとても懐かしく感じています。最近本屋さんに、喫茶店が併設されていますね。本とコーヒーにはともに、人を引き付けるある種似た香りの成分があるのかも。

 

旅先で喫茶店に入って、是非またその町に行くことがあれば訪ねたいと思うお店に当たると、とても幸せで、旅の記憶の輪郭がくっきりとしたものになります。不思議と駅前や繁華街で、本当に何気なく入った喫茶店がとても素敵ということが多く、後日その町出身者の方と喫茶店のお話しをしていて、「実は、その店に毎週通っていました」ということもあるのです。

 

1970年代後半、三人の男性グループ「ガロ」の歌った「学生街の喫茶店」がヒットしました。歌詞に「訳もなくお茶を飲み話したよ」とあり、飲まれていたのは、紅茶でしょうか。こうしたかつて町に、学生街にたくさんあった喫茶店。それらの喫茶店に関わる思い出は、歳月によってちょっと都合よく脚色された部分があるものの、決して色あせない大切なもの。そうした思い出の中では亡くなった友人も、当時のままの姿で、そっと話が出来るのが、人の気配の中で孤独を楽しめる喫茶店の醍醐味、引き付けられた理由でしょう。煙草の香りが壁に染み込みんだ、固い椅子の好きな席のあった馴染みの店も、マスターも私たちと同様に年を重ね、店を畳む時代になりました。もう二度と扉の開くことは無い喫茶店。特別な場所でした。

私は記憶の中の懐かしい人々にそっと逢うために、頑張って営業している喫茶店に、せっせと出かけています。震災以降、様々な楽しみを自粛する動きがありますが、今夜もこれから行ってきます。

こんにちは。間もなく320日管理栄養士の国家試験の日ですね。試験に臨まれる皆様頑張ってくださいね。応援しています!

コツコツと積み重ねた努力は、人生の力になります。

3月は、卒業、就職、転勤と新たな旅立ちの季節ですね。

「ヒトは生まれた月が好き」というソース源は失念しましたが、3月生まれの私は、この季節が好きです。

 

今日は乗り物と朝食のお話。

実は私はウマに始まって動くものに乗ることが好き。SL、ローカル列車から特急までの列車も大好き。「好きなものが多いわね」と言われそうですが。

特に札幌、大阪間の寝台特急トワイライトエキスプレスは、いつ乗っても楽しいのです。長い行程、国内の特急列車でも希少な食堂車が連結しています。青函トンネルを潜り、日本海沿いを南下する23時間の旅は、柔らかで特別な時間が車内に流れているようで、あっという間です。一人旅もお勧め。リフレッシュするための旅では何もしないことが最高の贅沢。窓の大きな展望車から動く風景を眺めると満ち足りた気分に。個人的には札幌発で翌朝、雄大な立山連峰を眺めるのが好きです。

さて予約が難しいチケットの取り方をご紹介。大阪発より札幌発が取り易いのです。即決出来る気力があれば、特に個室の空いていた日に日程を合わせて出発。これは直前のキャンセルを待ってなので、即決が求められます。この即決で忘れられない思い出が。10数年前、一番グレードの高い憧れのロイヤル個室が1室空いていたのですが、「お客さん、ひとりではもったいないよ。まだ若いし、これからの楽しみにね」という父の世代の親切な駅員さんの助言?で、つい購入を遠慮して以来、ロイヤル個室に乗車する機会は未だ叶わず今日に至っています。そしてロイヤルではありませんがA個室の乗車が叶ったのはある年のクリスマスイブでした。このクラスでは、乗車時はウエルカムドリンクサービスがありワインのオーダーが出来ます。みんなが働いている昼間の車中ワインも時にはいいもの。朝にはコーヒーのルームサービスがあり、ゆっくりと楽しんでから食堂車へ。

「ひとり旅は食事のときが寂しくて」との声がありますね。トワイライトエキスプレスで一人フルコースの夕食は気合かも。私はチケット購入がぎりぎりで、事前予約が間に合わないので、デパ地下のお弁当を持って乗ります。ですが、朝食だけはいつも必ず乗車後に予約しています。和食と洋食が選べます。朝日が一杯に差し込む食堂車で、ゆったりと摂る朝食は、とても穏やかで良い雰囲気です。乗り物で摂る食事は本当においしいですね。大阪発のトワイライトエキスプレスは、食堂車で昼食を摂ることも出来ます。車窓風景もご馳走でこれも秘かな楽しみ。

 

それから船も動く乗り物ですよね。老後まで船旅をする楽しみを取っておくにはもったいない気がして、出来るだけせっせと海にも出かけたいです。身体が海に浮かんでいるだけで、気分は晴れ晴れとしてきますから。出来れば冷えたビールがあると嬉しいなというお話しになるのですが。空と海だけの広大な世界の豊穣さ。寝台車の旅と同様に、どこかへ行って何かをするためという旅ではなく、行くまでの時間と空間を楽しむ旅もゆとりのある乗り物ならでは。北海道に住んでいると、旅に飛行機を利用する頻度が高く、一層そう思うのかもしれません。

近いうちに新青森から鹿児島まで、新幹線を乗り継ぐ旅をしたいなと思うだけで、あれこれトキメキ、元気が出てきます。そして船旅もと思うと、旅への憧れは止めど無く。

 

わたしの旅は、乗り物の確保で消耗?しているせいか、到着地に関しての下調べはいつも無し。そのため足任せ、食べることもまさしく成り行き、行き当たりばったりというさえない形容詞ばかりが出てきます。あえておいしいものや店を探そうという気力は薄いのですが、いいお店に当たって幸せ。そこで思うことは、日本とはおいしいものに溢れた良い国だということ。「おいしいとは何か」を考え始めると大変ですが。おいしいものばかりでも不安です。本来おいしさの一番のポイントは、空腹です。何より健康で、口にしたものに感謝して味わえることですね。

 

先が見えない今日この頃ですが「かつてはこんな食べものがあったのよ」とはならないために、当たり前のものの価値を当たり前に評価し、守る。少し保守的な気持ちで暮らすことが必要と感じます。人生の半周を回り、丁寧に生きることを考えたいと思うのです。

忙しい毎日をお送りでしょうが、旅に出て、ドキドキしてみませんか。夜汽車の窓に映る自分とたくさん会話なさいませんか。新年度が一息つく頃は新緑の季節。今年はゴールデンウイークの祝日がいい状態ですね。旅をあれこれ考えることも、お茶の時間の楽しみにしてください。私は食堂車の朝食の夢を見て、春の雪の朝を迎えています。ではまた。

遅くなりましたが本年もよろしくお願いします。コメントをありがとうございます!今年もモンゴルに出かけます。

もう日本では今年のお正月のお祝いをした後ですが、モンゴルではこれから旧暦で祝います。そのお正月のお話のご馳走の話を。モンゴルでは新年を「ツァガンサル」(白い月の意味)と呼び、今年は23日です。

 

数年前の2月、新年を遊牧民宅で迎えようと、大晦日の朝(メモを見ると気温は-20℃)、ウランバートルを出発しました。郊外に出ると一面氷の世界で、生き物の気配といえば私たちだけ。余りの寒さに車に「頑張ってね」と囁いていたのですが、数時間後に予感的中。6時間の立ち往生。動かない車の近くを行くヒツジたちのふわふわの羊毛がなんと暖かく見えたことか(写真1)。

 

夕方には遊牧民宅に到着する予定が、午後10時過ぎに辿り着いたのはエルデネ寺院で有名なカラコルム。ホテルはシーズンオフの上に大晦日なこともあって閉館。トラベルはトラブルが語源・・・どうしたと思われます?そうですこんな時は、モンゴルコネクションが俄然力を発揮。運転手さんの知り合いのお宅に急遽お邪魔することになりました。突然の訪問に見知らぬ私まで付いていましたが、温かく迎えてくださりました。まさにホスピタリティ溢れるモンゴルです。新年用のご馳走が並んだテーブルの下で、新年を迎えたのでした。しばしまどろむとモンゴルで大切にされているオボウ(道祖神のような存在)が祭られている山へ一緒にと誘われ、睡眠不足も何のその、神聖なご来光を仰ぎました。モンゴルでも初日の出に祈ると願いが叶うそうです。

元旦の早い時間から年長者の許へ続々と若い人々が挨拶に来られていました(写真2)。新しいデール(民族衣装)を着用し、改まった表情で年齢順に並んでモンゴル式の新年の挨拶を交わします。そのとき年長者にはハダク(青い布)や、お金を捧げ、年長者からは石鹸、チョコレート、クッキーなどが答礼に。私たちも新年の挨拶の後、暇を告げて出発しました。

 

遊牧民宅では、心配しながら到着を待っていてくれました。ゲルの中には新年の間中ラマ教の仏壇の前に、亡くなった家族の写真が飾られ、自家製の灯明(バター)がともされているのでした。テーブルの上にはお正月ならではのご馳走が置かれています。ご馳走の筆頭は、ヒツジを丸茹でにした「オーツ」です(写真3)。日本のにらみ鯛と同じように、数日飾っておき、すぐには食べません。ナイフで目立たない部位を切り取り、つまみ食いを愉しむ程度です。モンゴル在来種のヒツジは、お尻から尾にかけて座布団のような形状の厚い脂肪を蓄えていて、その脂肪部位を丸茹でして、肉の上に飾ります。

この「オーツ」の隣には小麦を練った生地に、草履ほどもある木型で模様を刻印し、脂で揚げたボーブを重ね、乳製品やお菓子を載せた「ヘビンボーブ」が対で置かれます(写真3)。「ヘビンボーブ」は縁起を担いで奇数段にします。年輩の方がいるお家ほど、「ヘビンボーブ」の直径が、大きくなります。ボーブつくりは男性の仕事で、新年の前に親戚が集まり夜を徹してつくられます。お正月が終わると「ヘビンボーブ」は、待ちかねた子供たちのおなかの中に。

 

モンゴル語で白い色の食べものを意味する「ツアガンイデー」は、清浄な心を表す証とされています。新年のお祝いの食卓には「白い乳」、「米に砂糖を混ぜて炊いたもの」「ヒツジの脂身を茹でて細長く切ったもの」といった白色の食品が並びます。白尽くしで縁起を担ぐのです。これがツァガンサルの由来とか。もちろん凍らせて取り置いた馬乳酒もその白い色から、新年の食卓に欠かせません。50Lほどの馬乳酒が数時間のうちに来客によって飲み尽くされるのでした。

 

中国では饅頭を「包子」(パオズ)と言いますが、モンゴルではヒツジ肉をみじん切りにしたものを詰めた小ぶりな饅頭を「ボーズ」と呼んでいます。この「ボーズ」がモンゴルのお正月の楽しみです。ふだんの食事とは異なり、朝から熱々の「ボーズ」を存分に頬張るのがお正月の間ならではの贅沢。来客があるたびに、自慢のボーズを盛大に蒸してもてなします。滞在先では、お正月用に約1000個の「ボーズ」を数日かけて用意したのですが3日間で、大半が消費されてしまいました。皆1日中「次はどこの家へボーズを食べに行こうか」と、お年始の挨拶周りの相談を兼ねながら親戚、知人宅を回るのです。

若い人は一度に20個くらいの「ボーズ」をあっという間にお腹に収めます。お正月の間に一体幾つの「ボーズ」を食べるのでしょうか。ちなみにモンゴルでは、太ることはとても良い事で、普段の挨拶も直訳すると「家畜は太っていますか」ですから。

 

ゲルの中は暖かですが、滞在中の屋外の気温はずっと-40℃以下(持参した温度計の水銀が、屋外で目盛の真下の-40℃から微動だにせず)でした。モンゴルの2月の夜空は透明度が高く、満天の星は音を立てて動いているようでした。怖いほどの鋭角的なその輝きが忘れられません。身体の芯まで凍えるほどの寒さが、春を迎える草原の草生えには不可欠なのです。私たちを運んでくれた車は、滞在中防寒のためフエルトで幾重にも頑丈に包まれ、小さな家に見えるほどでした。当然ですが、冬の間食事の準備や生活に使う水は、川などから氷を切り出しストーブで溶かして調達されます。コップ1杯の水で顔を洗い、歯を磨きます。蛇口から常時水が出てくる生活の対極にある生活ですが、幸福度は高いのです。温かい食事と飛び切りの笑顔。モンゴルのお正月はとても心豊かです。厳しい冬の後の草原ではヒツジ、ヤギなどの新しい生命が誕生する春を迎えます。日本の私たちも全国的な大雪の中、春が待たれますね。

余談ですがこの年は、日本とモンゴルで2度お正月を祝ったので、年も2つ重ねてしまったかしら?と密かに思ったりしたのでした。寒中、どうぞご自愛ください。

 

 

厳寒の草原1.JPG(写真1)

 

新年の挨拶2.JPG(写真2)

 

新年のご馳走3 (1).JPG(写真3)

 

 

 

 こんにちは。立秋本当に暑いですね。日本では幾分涼しいはずの札幌も連日暑い日が続き、食中毒警報が出ています。ちなみに北海道の家庭はほとんどクーラーを持っていません。

食中毒は細菌やウイルスによって引き起こされますが、困ったことに腐敗とは異なり、味や匂いによる判断が出来ません。「最近食中毒が増えた」という声を耳にしますが、食中毒の判断がしっかりなされるようになったことも関与しています。

この夏も食中毒防止のため、衛生管理に細心の注意を払い、大規模な食事つくりから、家庭の食卓まで、しっかりとした加熱調理を行うことが欠かせません。火を使って料理をつくるのも体力勝負です。

 

 この夏の盛り、中国へ行ってきました。そこで今回は中華料理のお話を。

 中華料理といえば、前菜を除いてしっかりと火が通った料理です。思えば冷蔵庫などという近代の知恵が結集した電気製品が家庭規模に備えられたのは、人類の歴史からみて、ごく最近のこと。食品が腐る速度に対し、どのように食品を有効に長持ちさせるかが料理技術で、冷蔵庫の普及は食生活において想像する以上に大きな恩恵です。

中国で20数年前に暮らしていたころ、当然ですが日々の食事は中華料理した。その頃は冷蔵庫を持っている家庭も少なく、強い火力でつくり、出来立ての熱々を食べなければいけない中華料理は、食中毒を防ぐ意味からもとても合理的な料理方法であると痛感しました。そして今のように丁寧に野菜を洗わなくても、大量の油で炒めかつ煮てつくる日本とは全く異なった野菜炒めの手法も、寄生虫の予防に最適と納得したものでした。中華料理で盛り付けに凝るのは前菜のみで、皿の上には包丁の冴えが細工物などに遺憾なく発揮されます。あとの料理は北京鍋の中で完成する味が勝負で、そのまま皿に盛り付けます。つくってからおなかに収まるまでの時間が短いのです。そこでつくってから時間が経ったあんかけ料理など、総じて冷えた中華料理に触手が動かないことは、実は食品衛生からみえると、理に叶っていると納得するのです。1秒でも早く食べようとする中華料理において、おいしさと食の安全はセットになっていたのでした。先人の知恵ですね。そんなことを思い出しながら中国の街角に久ぶりに立ったのですが、活気に満ち食事を出す店舗の数も多く、まさに国を挙げて食べることに向かっている気がしました。

 

内蒙古の省都フフホトで夜に食事をしたお店は、おいしく予約が取りにくいとの評判のお店でした。規模も大きく、最大5000人が食事を出来るとのことでした。もっとも中華料理なので5000人の盛り付けがすべての料理で必要なわけではありませんが。さすが大きいことが好きなお国柄ですね。

入口を入ると、日本のデパートの食材売り場を華やかにしたようなデザインで多彩な食材が並んでいました。料理のつくり手と来店した客の熱気が華やかに伝わってきました。魚は巨大生簀で水族館のようでした。1角にはさりげなく鰐もぶつ切りになっていました。それらの食材を、どのような料理方法で何人分とオーダーするのです。このメニュー相談は楽しいものですが、センスが問われます。この時15名で食事をしたのですが、様々な料理が続々と回転テーブルに載り、ロブスター、カニ、鰐、すっぽんを料理した皿も登場しました。

 スープにはツバメの巣、あわびなど高級珍味が盛大に入っていました。スープはお店の実力が出るものですが、平凡な味覚を持った人間としては、「1品で食べるともっとおいしいのに」と思ったのでした。食べることを楽しんでいる中国の今を実感したのでした。煮る、焼く、蒸す、茹でるといった料理方法を組み合わせ、さらには時間をかけてなまこなどの乾物を戻し、生以上においしい料理に仕上げる料理技術は、この21世紀にもしっかり伝わり、人々を愉しませていました。今回の旅は中華三昧で、いつもご飯に至るまでに満腹となり、白いご飯を食べながらの日本式の中華の味わい方もいいものだと思ったのでした。

こんにちは。読んでいただきありがとうございます。北海道はやっと緑に染まる季節を迎えました。今日は夏至。北方の国々では様々なお祭りが催されていることでしょう。

我が国でつくられている世界地図では、日本は真ん中に描かれています(海外でもそれぞれの国において自国が中央に描いた地図がつくられています)。そうした世界地図で日本とヨーロッパの間に広がっているのが中央アジア。遊牧民の末裔が暮らしています。

1990年代に中国新疆ウイグル自治区に行った折、万年雪を戴く天山山脈を見て、向こう側の国へ行ってみたいなと思ったのでした。2007年以降、数度天山山脈を越える機会を得ました。

余談ですが、カザフスタンのスタンとはモンゴル語で氏族を意味するヤスタンが由来とか。こういったことから遊牧世界で今日まで及んでいるモンゴルの影響を感じます。国名にスタンがついているのは、キルギスタン(現在はキルギス)、トルクメニスタン、ウズベキスタン、パキスタン、アフガニスタンです。今日紹介するカザフスタンとは直訳すると、「自由の戦士の氏族」。

遊牧民を語るとき、広大な空間を移動する手段としてウマが登場します。ウマは遊牧民にとって単なる家畜では無く、特別な存在。以前のプログでモンゴルにおいてウマの乳からつくる馬乳酒を紹介しましたが、そのモンゴルにタヒという、染色体が1つだけ通常のウマとは異なる野生ウマがいます。体毛が茶色で鬣が黒く、足の先半分が黒い小型のウマです。とても珍しいためヨーロッパの動物園に売られた悲しい歴史があります。仔ウマを捕るためのハンティングで、剽悍なオスウマは当然のごとく仔ウマを守るために立ち向かい、皆銃で撃たれてしまったそうです。そうしてモンゴルの草原からタヒの姿は消えたのでした。90年以降、ヨーロッパの動物園で僅かに飼われていた個体が、モンゴルの草原に戻されました。凄い試みですね。今日、日本の四国に匹敵する面積の国立公園で厳重に保護されています。個体数もやっと増え始めているそうです。タヒはとても用心深く、遠くから双眼鏡越しに見ただけでしたが胸が時めきました。このウマを見るため世界中からモンゴルへ多くの人がやってきています。専用のツーリストキャンプが設けられています。

ほとんど知られていないのですが、カザフスタンにもタヒがいるのです。広大なアジア大陸がつながっているということを実感しました。カザフスタンは世界で9番目という広大な国土を有し、野生動物、生態系の保護に力を注いでいます。国立公園のシステムが見事に機能しているのです。かつての首都アルマトイから車で北へ300キロの国立公園で、自然保護官の立会いのもと、タヒに出会いました。さらには直に触ることが出来ました。ウマ好きには忘れられない経験でした。

そしてカザフスタンでは、ラクダ飼育が盛んです。ラクダは水無し、草無しで長く移動することが可能で、棘がありヒツジやヤギが食べられない灌木や草を消化出来ます。家畜化された動物の中で最も条件の悪い環境で生きられる能力を備えた大型動物を、家畜化し搾乳まで行うこととした遊牧民は凄いですね。

日本でラクダといえば、コブが2つのフタコブラクダを連想しますね。ところが海外では、ヒトコブラクダが主です。映画「アラビアのロレンス」の戦闘シーンも、ヒトコブラクダ隊が疾走していました。

北アフリカから中近東、トルクメニスタンにかけての広い乾燥地域で、ヒトコブラクダが飼われています。フタコブラクダは、モンゴルと中国の乾燥地域に生息していますが、世界のラクダ分布では少数なのです。

鳥取砂丘のラクダは月の砂漠の歌のイメージからか、中国産のフタコブラクダです。カザフスタンは、これもまた知られていませんが、ヒトコブラクダとフタコブラクダが世界で唯一、混在して生息している国なのです。地理的な特殊性ももちろんありますが、これらが凄いことであることを実感しています。

ヒトコブラクダはフタコブラクダよりちょっと小さく、搾乳量が多いことから、北アフリカの諸国で多く飼われ、今日FAOの統計を見ると北アフリカ、アラビア諸国ではウシ乳の消費量より、ヒトコブラクダ乳の消費量のほうが遥かに多いのです。ラクダの乳が、飲用目的で広く売られているとは、意外な気がしませんか。一方フタコブラクダはヒトコブラクダよりも大型で、力が強く、寒さに強いことから、モンゴルやカザフスタンでは搾乳対象であるとともに、使役にも用いられてきました。

カザフスタンではこうしたラクダ乳を複数の乳酸菌と酵母で発酵させ、濁酒状のシュバット(アルコール度3%前後)というお酒がつくられています。モンゴルではホールモグと呼んでいます。「ウマの乳からつくるクミス(馬乳酒)よりシュバットのほうがおいしい」との話もあちこちで聞きました。ラクダ乳は脂肪分がウマ乳より遥かに高いため、濃厚な味わいで、クミスのように成人で1日5Lもの大量の飲用は難しいです。こうした民族飲料への強い嗜好性は、民族の記憶が支えてきているのですね。

遊牧民が代々伝えてきた乳加工が省略化し、搾乳する家畜の種類も減少する中、近年シュバットはその飲用による医学的な効果に関心が高まってきています。この夏、カザフスタンへの旅は如何ですか?天山山脈を望み、シュバットを片手に家畜の群れを眺めるといった、何もしないという贅沢な時を過ごすことが出来ますよ。

 

喫茶店の飲み物といえばコーヒーですね。コーヒーの魅力は味と、食品には少ない褐色の独特な色合いとともに、独特の香りが大きな魅力といえましょう。かつて最初にコーヒー豆を味わった人は、野生のヤギがコーヒーの赤い実を食べて浮かれていたのを真似たとか。

世界各地のコーヒーの淹れ方を調べると、3つに分類出来るようです。1つは早い時期にコーヒーの飲用が盛んになったイスラム圏におけるイブリクコーヒーです。イブリクと呼ばれる柄の長い真鍮製の容器に、細かく挽いたコーヒー豆と水を入れて煮立てる方法で、砂糖は加えてもあまりミルクは入れないことが特徴。2つめはヨーロッパにおけるコーヒーを濾して飲む方法。この中に蒸気を用いるエスプレッソも含まれます。3つめは中南米で行われている、細かく挽いた豆に砂糖を加えて煮出し、ネルの濾し袋で濾す方法。

いずれもコーヒーをおいしく飲もうとした知恵の結晶で、今も喫茶店でネルのドリップコーヒーを入れているのを見かけますが、そのルーツは中南米だったのですね。

淹れたてのコーヒーの華やかな香りを嗅いだ瞬間、不意に赤面するようなある種の甘い思い出がふと呼び起こされた経験はありませんか。この香りにはストレスを緩和する効果もあるとか。今日はコーヒーと喫茶店のお話を。

 

ヒトは心の中にいろいろな記憶を秘めて生きていますよね。時に「鍵をかけた長櫃の中から恋の奴が掴み掛る」ことも・・・。そんなことを思うのは、歳を重ねたゆえでしょうか。私は、確実に人生の折り返しを過ぎたせいか、喫茶店でひとり過ごす、ささやかな時間がとても愛しいのです。所用のとき、喫茶店が近くにあるならば、早めに出かけます。こうした時間は、その気にさえなると、意外と簡単につくることが出来るものですね。私のお気に入りは、空の見える喫茶店です。そのためには窓が必要ですが、この「窓があること」は、街中では意外と難しくなってきていますね。

朝の喫茶店でのひと時は、夕方以降とは異なった時間が流れているようで、ゆったりと過ごせます。朝の喫茶店で印象深いのは、京都の中京にある老舗の喫茶店。そこは朝から近くの商家の方が悠々と一杯のコーヒーを楽しみ、ご自分の1日の句読点として利用されているのです。京都に行くと旅人の私も贅沢な時間をそっと共有出来たと感じるのです。

 

学生時代はあれこれと動き回っていたはずなのに、時間がありました。生物として、持っている「これからの時間」の量が多かったからでしょう。携帯電話の無い時代、待ち合わせ場所が喫茶店でした。固い椅子に座ってよく本を読みました。まさに私の第二図書館でした。村上春樹の小説の中に描かれる喫茶店の醸す空気をとても懐かしく感じています。最近本屋さんに、喫茶店が併設されていますね。本とコーヒーにはともに、人を引き付けるある種似た香りの成分があるのかも。

 

旅先で喫茶店に入って、是非またその町に行くことがあれば訪ねたいと思うお店に当たると、とても幸せで、旅の記憶の輪郭がくっきりとしたものになります。不思議と駅前や繁華街で、本当に何気なく入った喫茶店がとても素敵ということが多く、後日その町出身者の方と喫茶店のお話しをしていて、「実は、その店に毎週通っていました」ということもあるのです。

 

1970年代後半、三人の男性グループ「ガロ」の歌った「学生街の喫茶店」がヒットしました。歌詞に「訳もなくお茶を飲み話したよ」とあり、飲まれていたのは、紅茶でしょうか。こうしたかつて町に、学生街にたくさんあった喫茶店。それらの喫茶店に関わる思い出は、歳月によってちょっと都合よく脚色された部分があるものの、決して色あせない大切なもの。そうした思い出の中では亡くなった友人も、当時のままの姿で、そっと話が出来るのが、人の気配の中で孤独を楽しめる喫茶店の醍醐味、引き付けられた理由でしょう。煙草の香りが壁に染み込みんだ、固い椅子の好きな席のあった馴染みの店も、マスターも私たちと同様に年を重ね、店を畳む時代になりました。もう二度と扉の開くことは無い喫茶店。特別な場所でした。

私は記憶の中の懐かしい人々にそっと逢うために、頑張って営業している喫茶店に、せっせと出かけています。震災以降、様々な楽しみを自粛する動きがありますが、今夜もこれから行ってきます。

こんにちは。間もなく320日管理栄養士の国家試験の日ですね。試験に臨まれる皆様頑張ってくださいね。応援しています!

コツコツと積み重ねた努力は、人生の力になります。

3月は、卒業、就職、転勤と新たな旅立ちの季節ですね。

「ヒトは生まれた月が好き」というソース源は失念しましたが、3月生まれの私は、この季節が好きです。

 

今日は乗り物と朝食のお話。

実は私はウマに始まって動くものに乗ることが好き。SL、ローカル列車から特急までの列車も大好き。「好きなものが多いわね」と言われそうですが。

特に札幌、大阪間の寝台特急トワイライトエキスプレスは、いつ乗っても楽しいのです。長い行程、国内の特急列車でも希少な食堂車が連結しています。青函トンネルを潜り、日本海沿いを南下する23時間の旅は、柔らかで特別な時間が車内に流れているようで、あっという間です。一人旅もお勧め。リフレッシュするための旅では何もしないことが最高の贅沢。窓の大きな展望車から動く風景を眺めると満ち足りた気分に。個人的には札幌発で翌朝、雄大な立山連峰を眺めるのが好きです。

さて予約が難しいチケットの取り方をご紹介。大阪発より札幌発が取り易いのです。即決出来る気力があれば、特に個室の空いていた日に日程を合わせて出発。これは直前のキャンセルを待ってなので、即決が求められます。この即決で忘れられない思い出が。10数年前、一番グレードの高い憧れのロイヤル個室が1室空いていたのですが、「お客さん、ひとりではもったいないよ。まだ若いし、これからの楽しみにね」という父の世代の親切な駅員さんの助言?で、つい購入を遠慮して以来、ロイヤル個室に乗車する機会は未だ叶わず今日に至っています。そしてロイヤルではありませんがA個室の乗車が叶ったのはある年のクリスマスイブでした。このクラスでは、乗車時はウエルカムドリンクサービスがありワインのオーダーが出来ます。みんなが働いている昼間の車中ワインも時にはいいもの。朝にはコーヒーのルームサービスがあり、ゆっくりと楽しんでから食堂車へ。

「ひとり旅は食事のときが寂しくて」との声がありますね。トワイライトエキスプレスで一人フルコースの夕食は気合かも。私はチケット購入がぎりぎりで、事前予約が間に合わないので、デパ地下のお弁当を持って乗ります。ですが、朝食だけはいつも必ず乗車後に予約しています。和食と洋食が選べます。朝日が一杯に差し込む食堂車で、ゆったりと摂る朝食は、とても穏やかで良い雰囲気です。乗り物で摂る食事は本当においしいですね。大阪発のトワイライトエキスプレスは、食堂車で昼食を摂ることも出来ます。車窓風景もご馳走でこれも秘かな楽しみ。

 

それから船も動く乗り物ですよね。老後まで船旅をする楽しみを取っておくにはもったいない気がして、出来るだけせっせと海にも出かけたいです。身体が海に浮かんでいるだけで、気分は晴れ晴れとしてきますから。出来れば冷えたビールがあると嬉しいなというお話しになるのですが。空と海だけの広大な世界の豊穣さ。寝台車の旅と同様に、どこかへ行って何かをするためという旅ではなく、行くまでの時間と空間を楽しむ旅もゆとりのある乗り物ならでは。北海道に住んでいると、旅に飛行機を利用する頻度が高く、一層そう思うのかもしれません。

近いうちに新青森から鹿児島まで、新幹線を乗り継ぐ旅をしたいなと思うだけで、あれこれトキメキ、元気が出てきます。そして船旅もと思うと、旅への憧れは止めど無く。

 

わたしの旅は、乗り物の確保で消耗?しているせいか、到着地に関しての下調べはいつも無し。そのため足任せ、食べることもまさしく成り行き、行き当たりばったりというさえない形容詞ばかりが出てきます。あえておいしいものや店を探そうという気力は薄いのですが、いいお店に当たって幸せ。そこで思うことは、日本とはおいしいものに溢れた良い国だということ。「おいしいとは何か」を考え始めると大変ですが。おいしいものばかりでも不安です。本来おいしさの一番のポイントは、空腹です。何より健康で、口にしたものに感謝して味わえることですね。

 

先が見えない今日この頃ですが「かつてはこんな食べものがあったのよ」とはならないために、当たり前のものの価値を当たり前に評価し、守る。少し保守的な気持ちで暮らすことが必要と感じます。人生の半周を回り、丁寧に生きることを考えたいと思うのです。

忙しい毎日をお送りでしょうが、旅に出て、ドキドキしてみませんか。夜汽車の窓に映る自分とたくさん会話なさいませんか。新年度が一息つく頃は新緑の季節。今年はゴールデンウイークの祝日がいい状態ですね。旅をあれこれ考えることも、お茶の時間の楽しみにしてください。私は食堂車の朝食の夢を見て、春の雪の朝を迎えています。ではまた。

遅くなりましたが本年もよろしくお願いします。コメントをありがとうございます!今年もモンゴルに出かけます。

もう日本では今年のお正月のお祝いをした後ですが、モンゴルではこれから旧暦で祝います。そのお正月のお話のご馳走の話を。モンゴルでは新年を「ツァガンサル」(白い月の意味)と呼び、今年は23日です。

 

数年前の2月、新年を遊牧民宅で迎えようと、大晦日の朝(メモを見ると気温は-20℃)、ウランバートルを出発しました。郊外に出ると一面氷の世界で、生き物の気配といえば私たちだけ。余りの寒さに車に「頑張ってね」と囁いていたのですが、数時間後に予感的中。6時間の立ち往生。動かない車の近くを行くヒツジたちのふわふわの羊毛がなんと暖かく見えたことか(写真1)。

 

夕方には遊牧民宅に到着する予定が、午後10時過ぎに辿り着いたのはエルデネ寺院で有名なカラコルム。ホテルはシーズンオフの上に大晦日なこともあって閉館。トラベルはトラブルが語源・・・どうしたと思われます?そうですこんな時は、モンゴルコネクションが俄然力を発揮。運転手さんの知り合いのお宅に急遽お邪魔することになりました。突然の訪問に見知らぬ私まで付いていましたが、温かく迎えてくださりました。まさにホスピタリティ溢れるモンゴルです。新年用のご馳走が並んだテーブルの下で、新年を迎えたのでした。しばしまどろむとモンゴルで大切にされているオボウ(道祖神のような存在)が祭られている山へ一緒にと誘われ、睡眠不足も何のその、神聖なご来光を仰ぎました。モンゴルでも初日の出に祈ると願いが叶うそうです。

元旦の早い時間から年長者の許へ続々と若い人々が挨拶に来られていました(写真2)。新しいデール(民族衣装)を着用し、改まった表情で年齢順に並んでモンゴル式の新年の挨拶を交わします。そのとき年長者にはハダク(青い布)や、お金を捧げ、年長者からは石鹸、チョコレート、クッキーなどが答礼に。私たちも新年の挨拶の後、暇を告げて出発しました。

 

遊牧民宅では、心配しながら到着を待っていてくれました。ゲルの中には新年の間中ラマ教の仏壇の前に、亡くなった家族の写真が飾られ、自家製の灯明(バター)がともされているのでした。テーブルの上にはお正月ならではのご馳走が置かれています。ご馳走の筆頭は、ヒツジを丸茹でにした「オーツ」です(写真3)。日本のにらみ鯛と同じように、数日飾っておき、すぐには食べません。ナイフで目立たない部位を切り取り、つまみ食いを愉しむ程度です。モンゴル在来種のヒツジは、お尻から尾にかけて座布団のような形状の厚い脂肪を蓄えていて、その脂肪部位を丸茹でして、肉の上に飾ります。

この「オーツ」の隣には小麦を練った生地に、草履ほどもある木型で模様を刻印し、脂で揚げたボーブを重ね、乳製品やお菓子を載せた「ヘビンボーブ」が対で置かれます(写真3)。「ヘビンボーブ」は縁起を担いで奇数段にします。年輩の方がいるお家ほど、「ヘビンボーブ」の直径が、大きくなります。ボーブつくりは男性の仕事で、新年の前に親戚が集まり夜を徹してつくられます。お正月が終わると「ヘビンボーブ」は、待ちかねた子供たちのおなかの中に。

 

モンゴル語で白い色の食べものを意味する「ツアガンイデー」は、清浄な心を表す証とされています。新年のお祝いの食卓には「白い乳」、「米に砂糖を混ぜて炊いたもの」「ヒツジの脂身を茹でて細長く切ったもの」といった白色の食品が並びます。白尽くしで縁起を担ぐのです。これがツァガンサルの由来とか。もちろん凍らせて取り置いた馬乳酒もその白い色から、新年の食卓に欠かせません。50Lほどの馬乳酒が数時間のうちに来客によって飲み尽くされるのでした。

 

中国では饅頭を「包子」(パオズ)と言いますが、モンゴルではヒツジ肉をみじん切りにしたものを詰めた小ぶりな饅頭を「ボーズ」と呼んでいます。この「ボーズ」がモンゴルのお正月の楽しみです。ふだんの食事とは異なり、朝から熱々の「ボーズ」を存分に頬張るのがお正月の間ならではの贅沢。来客があるたびに、自慢のボーズを盛大に蒸してもてなします。滞在先では、お正月用に約1000個の「ボーズ」を数日かけて用意したのですが3日間で、大半が消費されてしまいました。皆1日中「次はどこの家へボーズを食べに行こうか」と、お年始の挨拶周りの相談を兼ねながら親戚、知人宅を回るのです。

若い人は一度に20個くらいの「ボーズ」をあっという間にお腹に収めます。お正月の間に一体幾つの「ボーズ」を食べるのでしょうか。ちなみにモンゴルでは、太ることはとても良い事で、普段の挨拶も直訳すると「家畜は太っていますか」ですから。

 

ゲルの中は暖かですが、滞在中の屋外の気温はずっと-40℃以下(持参した温度計の水銀が、屋外で目盛の真下の-40℃から微動だにせず)でした。モンゴルの2月の夜空は透明度が高く、満天の星は音を立てて動いているようでした。怖いほどの鋭角的なその輝きが忘れられません。身体の芯まで凍えるほどの寒さが、春を迎える草原の草生えには不可欠なのです。私たちを運んでくれた車は、滞在中防寒のためフエルトで幾重にも頑丈に包まれ、小さな家に見えるほどでした。当然ですが、冬の間食事の準備や生活に使う水は、川などから氷を切り出しストーブで溶かして調達されます。コップ1杯の水で顔を洗い、歯を磨きます。蛇口から常時水が出てくる生活の対極にある生活ですが、幸福度は高いのです。温かい食事と飛び切りの笑顔。モンゴルのお正月はとても心豊かです。厳しい冬の後の草原ではヒツジ、ヤギなどの新しい生命が誕生する春を迎えます。日本の私たちも全国的な大雪の中、春が待たれますね。

余談ですがこの年は、日本とモンゴルで2度お正月を祝ったので、年も2つ重ねてしまったかしら?と密かに思ったりしたのでした。寒中、どうぞご自愛ください。

 

 

厳寒の草原1.JPG(写真1)

 

新年の挨拶2.JPG(写真2)

 

新年のご馳走3 (1).JPG(写真3)