私たちが生きていくために何かを「食べる」という行為が欠かせません。世界の食をみると、パンや麺に加工するために小麦粉を用いている地域が多いのですが、遥か昔は小麦ではなく大麦がメインだったそうです。

 

世界三大料理の1つである中華料理の影響はベトナム料理、カンボジア料理といった周辺諸国の料理にも大きいとされています。それは中華料理の料理法が、おいしく、完成されたものであることゆえでしょう。

 

さて中華料理の国の隣のモンゴル遊牧民の食は、以前紹介しましたように、家畜由来の乳・肉のウエートが高い食生活です。一見すると中華料理の影響は薄いようですが、今や日常の食に欠かせない小麦粉による「麺(ゴリル)をつくる」、「ボーズ(モンゴル式饅頭)を蒸す」(写真1参照)といった料理方法は中華料理の影響でしょう。そして、モンゴルで今日離乳食とされるバンタンは水から煮たヒツジ肉でスープをつくり、そこに水溶きして練った小麦粉を両手で揉み込み、米粒状にして加え一煮立ちさせてつくります。離乳食に小麦粉を用いていることからも、食における小麦粉の浸透度が深いことがうかがえます。

 

モンゴル国全土で1999年から3年続いた寒雪害によって、自家製乳製品や肉の摂取が減ったとき、遊牧民の食を支えたのは小麦粉でした。実は社会主義時代の末期にはモンゴルにおける小麦粉の国内自給率は100%でした。民主化後の大混乱期を経て最近落ち着いてきたものの、今日の国内自給率は27%です。不足分は、日本などの支援によって外国から購入しているのです。

 

わたしが15年通っている遊牧民宅では、一人当たりの小麦粉の1年間の消費量が2008年には10年前の2倍になりました。目立たないようですが、遊牧民の食生活に今大きな変化が起きているのです。食の背後に世界規模の政治、経済といった影が見えます。

小麦粉という形態は扱いやすく、食事として腹持ちがよいことも、遊牧民の好みに合ったようです。モンゴルの伝統的な料理とされるボーズも、そのルーツは中国の包子(パオズ)からきたのではないかと思うのですが、モンゴルでは中の肉はもちろんヒツジです。

 

モンゴルの近隣国キルギス、カザフスタンも遊牧民の末裔の国です。その地の小麦粉料理といえば、まずナンというパンです。このナンは発酵するかしないかといった違いがありますが、広く世界各地でつくられています。専用のパン焼き窯を共同管理している中央アジアの国々も多いのですが、キルギスの遊牧民宅では、自家の鍋でつくっていました。キルギス遊牧民の調査世帯の1年間の小麦粉消費量はモンゴル遊牧民と比べ、とても多いものでした。

 

ナンのほか中央アジアの国々では、ボルソックという中が空の揚げパンを食べます。キルギスのユルタ(移動式天幕住居)は入り口で靴を脱ぎ絨毯に座るのですが、来客のある食事では、絨毯の上に大きなクロスを敷き数百個ものボルソックを撒くのです(写真2参照)。圧巻ですよ。このボルソックにジャムと自家製バターをのせて食べます。今年のカザフスタンの旅でもボルソックが盛大に撒かれた食卓に招かれました。

 

モンゴルでは遊牧生活に限定すると、ロシアの影響の強いブリヤートモンゴルの人々がナンを焼く程度で、ボールツオグという揚げパンをつくるものの、盛大に撒くようなことはありません。モンゴルのボールツオグはボルソックと呼称のルーツは同じだと思うのですが、キルギスのように膨らし粉を用いることもないのです。

 

キルギス、カザフスタンにおける麺料理は中央アジア諸国共通です。最も有名なのはラグマンです。麺類はスープに酸っぱく塩辛いチーズのクルトを加えるなど、バリエーションも多彩、肉はヒツジです。ヒツジ肉が好きな方には、こうした中央アジアの洗練された麺料理は、たまらない魅力になると思います。

 

これらの地の民族料理に直訳すると「五本の指」と言うベシュバルマックがあります(写真3参照)。これはヒツジを屠ったとき肉を水から茹でたスープと、茹でたヒツジの脳みそを麺にからめた料理です。麺はスパゲッティでも手打ち麺でもいいのですが、客人の前でつくり必ず大皿に盛ります。食べるときは1口大に右手で丸め、フォークは使いません。脳みそのカルボナーラといったところでしょうか。カザフスタンもまったく同じ作り方でした。濃厚で深い味わいでした。

 

中央アジアは農耕の歴史も長かったためナン、麺といった形での小麦粉を使用頻度が高くなったのでしょう。その背後には小麦粉の生産と調達がモンゴルに比べ容易だったことが密接に関わっていると思います。あまり知られていませんが、中央アジアの食はとても豊かです。みなさん良いお年をお迎えください。

 

モンゴルのボーズ2.jpg(写真1)

キルギス1.jpg(写真2)

ビシュバルマック2.jpg (写真3)

 

 

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