それは、2007年秋のこと。
世界的な味覚研究の権威、ジャック・ピュイゼ先生による味覚研修を、
フランス、ロワールにて受ける機会に恵まれました。
この研修は、シャトー ダルティニーという素晴らしいお城で過ごし、
日々その土地の豊かな食材で作られたお料理とワインをいただくことも、
勉強のひとつという、素敵な研修。
毎日、ピュイゼ先生の素晴らしい講義の合間に、
シャトーのシェフによる美味しい食事とワインを味わい、
徹底的に「味覚」に向き合う日々。
世界的な味覚研究の権威、ジャック・ピュイゼ先生による味覚研修を、
フランス、ロワールにて受ける機会に恵まれました。
この研修は、シャトー ダルティニーという素晴らしいお城で過ごし、
日々その土地の豊かな食材で作られたお料理とワインをいただくことも、
勉強のひとつという、素敵な研修。
毎日、ピュイゼ先生の素晴らしい講義の合間に、シャトーのシェフによる美味しい食事とワインを味わい、
徹底的に「味覚」に向き合う日々。
課外授業ではワイナリーを訪ね、そこのワイン蔵で、
ピュイゼ先生が手ずから、暖炉で子羊をローストしてふるまってくださったことも。
こうして毎日素晴らしいご馳走をいただいて過ごしていたのですが、
毎日食卓に上る食品、ひとつひとつにストーリーがあるのです。
「これは裏の畑で、昨日採ってきた豆です」
とか、
「春に収穫してとっておいたお芋」
とか、
「誰々さんのところの牛」
などなど。
作り手が分からない出身不明の食品がひとつも無い。
そこで、ピュイゼ先生に、
「先生は、スーパーで売られているような食品を口にすることはあるのですか?」
と質問したところ、
「私は、工業製品や、化学的に加工された食品(プロセスフード)は食べません。」
と即答されました。
「やっぱりーー!」と思いつつも、この答えには衝撃を受けました。
私は職業柄、食べるものの栄養成分や調理法には
並々ならぬ注意を傾けてはいたのですが、
素材に関して、作り手がはっきり分かるものを食べるというような
意識が実はあまり無かったのです。
しかしこの日から、口にする食品」ひとつひとつが、
一体どういう由来を持ったものなのか考えるようになりました。
そしてこれが、今の食というものに改めて疑問を持つきっかけとなりました。
ピュイゼ先生が手ずから、暖炉で子羊をローストしてふるまってくださったことも。
こうして毎日素晴らしいご馳走をいただいて過ごしていたのですが、
毎日食卓に上る食品、ひとつひとつにストーリーがあるのです。
「これは裏の畑で、昨日採ってきた豆です」
とか、
「春に収穫してとっておいたお芋」
とか、
「誰々さんのところの牛」
などなど。
作り手が分からない出身不明の食品がひとつも無い。
そこで、ピュイゼ先生に、
「先生は、スーパーで売られているような食品を口にすることはあるのですか?」
と質問したところ、
「私は、工業製品や、化学的に加工された食品(プロセスフード)は食べません。」
と即答されました。
「やっぱりーー!」と思いつつも、この答えには衝撃を受けました。
私は職業柄、食べるものの栄養成分や調理法には
並々ならぬ注意を傾けてはいたのですが、
素材に関して、作り手がはっきり分かるものを食べるというような
意識が実はあまり無かったのです。
しかしこの日から、口にする食品」ひとつひとつが、
一体どういう由来を持ったものなのか考えるようになりました。
そしてこれが、今の食というものに改めて疑問を持つきっかけとなりました。


